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「はぁっ…はっ…」
いける、そう思った。振り返らずとも追ってくる気配がない。
もし仮に追ってきていても、大きい声を出せばこの住宅街だ。きっと誰かが助けてくれる。
あれ、でも待って。なんであの人、私の名前を知ってるんだろう?
その時、よせばいいのにどうしても後ろが気になり振り返ってしまった。公園の出口はもうすぐそこで、脇目も振らず走り抜ければ良かったのに。
「はぁ…はぁ……」
息を切らし確認しても、たった今その人がいた所にはもう誰もいなかった。周りに身を隠せるスペースや、出口なんかもないその場所で。
「……? 」
辺りを見回してもそれらしき姿はなく、まるで存在そのものが幻覚だったのではないかと思ってしまうほど忽然と消えたのだ。
「(…どこに…)」
ふと、足元に視線を落とす。
太陽に背を向けた私の足元から伸びる影と、背後から私のものでない影がもうひとつ。
ぞくりと背筋を駆け抜けた寒気に、振り返る勇気が持てず鳥肌が立つ。
「もー、まゆちゃん、なんで逃げるの?」
やけに甘ったるいその声は、また私の名を呼んでいる。人違いであることを願いたいけれど、そんな偶然、あり得るのだろうか。
じゃり、背後で一歩踏み出した音がする。
もう一度走って逃げられたら良かったのに、この役立たずの足は肝心な時に限って地面に根を張り動かない。
大きな声なんて到底出せそうもないほどに恐怖で締まった喉は、なんとかその一滴を絞り出して問う。
「だ、れですか」
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