1. 乗りたくないから仕方ない

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1. 乗りたくないから仕方ない

 唐突に、父さんの雄叫びが家中にひびいた。次に聞こえてきた大きくてリズミカルな足音は、多分いいことがあったしるし。 「鈴架(すずか)! すごいぞ!」 「何が?」 「当たったんだよ!」 「だから何に?」  父さんの話は、ちょっと回りくどい。  昔はもったいぶる言い方を楽しめたけれど、そろそろ改めてほしい。  私も高校受験の年になったし。小論文の参考書にも、まず結論をって書いてあるしね。    口の端を両方ともキュッとあげて、父さんは宝物を自慢したい子供のように笑った。 「宇宙エレベーターの一般試乗だよ! ダメ元だったけど当たるもんだなぁ。一緒に乗りに行こうな? 鈴架」 「え、無理」 「……い、一日くらい勉強休んだって平気だろう。受験生にも遊びは必要だぞ」 「だってそういうの、ネットとかテレビの取材入るじゃん」 「そうか? 宇宙飛行士や芸能人が乗ったとき、さんざん特集されていたじゃないか。一般人の試乗なんてほとんど記事にならないさ」  あってもこーんな小さいやつだよ、と父さんは左手の親指と人差し指でCの字を作った。指と指の間をくっつきそうなほど狭めて、小ささを表現する。 「乗らないからね」  正直、取材が嫌なんて建前だ。  どんなに誘われても嫌な理由は別にある。  ――絶対、何があったって乗るもんか。父さんを追い出した会社が造った乗り物なんて。  さっきとは声色の違う雄叫びをBGMに、私は心のなかで、勉強机に置いてある写真立てに誓った。
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