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ずいぶんと集中していたらしい。
「鈴架ちゃん?」と誰かが呼ぶ声に顔を上げると、窓から差し込む太陽の光がオレンジに変わっていた。
声の主を探して振り返ると、なんだか見覚えのあるおじさんがいる。
ヒョロリと細い体が姿勢良く伸びていた。
深いグレーのスーツも相まって、ミニ宇宙エレベーターがそこにいるみたい。
メガネに豊かな鼻ヒゲは研究者然としていて、スーツより白衣の方が似合いそう。
私が口を開けたまま無反応でいると、おじさんは眉を下げ、コーヒーが載ったプレートを持ったまま肩をすくめた。
「昔はまーくんって呼んでくれたのに」
「……あ!」
「思い出してくれた? 間壁だよ」
そうだ、間壁さん。
一緒に宇宙エレベーターを作るお友達だよ、と父さんが教えてくれたんだ。
何度かBBQしたり遊んだりしたのに、父さんが退職してからは会ったことがなかった。
……だから余計に、父さんが切り捨てられたように思ったんだった。
でもメガネとヒゲの下で微笑む丸みは昔と同じで、安心するやらモヤモヤするやら、ちょっと複雑。
隣に座っていいか聞かれて断る理由もないから頷く。
まだ熱そうなコーヒーを一口飲んで、間壁さんは頬杖をついた。
「鈴架ちゃんは、どうしてエレベーターに乗らなかったの?」
「受験生だから……」
我ながら便利な言い訳だと思う。
本音を丸ごと隠してくれてすごく助かる。
「えらいなぁ。いま勉強してるのは?」
「古文」
「……英語か数学なら教えるよ?」
「ホテルに置いてきちゃった」
「そうか。じゃあ、代わりにちょっとだけおじさんのお願い聞いてくれる?」
何が「じゃあ」なのか分からないけれど、内容は気になるから、いいよと答えた。
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