3. 待ち時間に、懐かしい人からのお願い

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   ずいぶんと集中していたらしい。  「鈴架ちゃん?」と誰かが呼ぶ声に顔を上げると、窓から差し込む太陽の光がオレンジに変わっていた。  声の主を探して振り返ると、なんだか見覚えのあるおじさんがいる。  ヒョロリと細い体が姿勢良く伸びていた。  深いグレーのスーツも相まって、ミニ宇宙エレベーターがそこにいるみたい。  メガネに豊かな鼻ヒゲは研究者然としていて、スーツより白衣の方が似合いそう。  私が口を開けたまま無反応でいると、おじさんは眉を下げ、コーヒーが載ったプレートを持ったまま肩をすくめた。   「昔はまーくんって呼んでくれたのに」 「……あ!」 「思い出してくれた? 間壁(まかべ)だよ」  そうだ、間壁さん。  一緒に宇宙エレベーターを作るお友達だよ、と父さんが教えてくれたんだ。  何度かBBQしたり遊んだりしたのに、父さんが退職してからは会ったことがなかった。  ……だから余計に、父さんが切り捨てられたように思ったんだった。  でもメガネとヒゲの下で微笑む丸みは昔と同じで、安心するやらモヤモヤするやら、ちょっと複雑。  隣に座っていいか聞かれて断る理由もないから頷く。  まだ熱そうなコーヒーを一口飲んで、間壁さんは頬杖をついた。   「鈴架ちゃんは、どうしてエレベーターに乗らなかったの?」 「受験生だから……」  我ながら便利な言い訳だと思う。  本音を丸ごと隠してくれてすごく助かる。   「えらいなぁ。いま勉強してるのは?」 「古文」 「……英語か数学なら教えるよ?」 「ホテルに置いてきちゃった」 「そうか。じゃあ、代わりにちょっとだけおじさんのお願い聞いてくれる?」  何が「じゃあ」なのか分からないけれど、内容は気になるから、いいよと答えた。
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