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4. もういちど
さっきまでいたカフェのテーブル席に座って、私と間壁さんは父さんが落ち着くのを待った。
結局、宇宙から帰った父さんの第一声は「やってくれたな間壁」だった。
どういうことかというと、父さんがサインを残した部品が、なんと、本当にエレベーター内の壁に使われていたらしい。
エレベーターの出入り口付近の上部――デパートのエレベーターで、何階に何売り場があるか記されているあたり――に、ドドンと。
入った時は、自分の席を探すのに集中していたし、座ってからは外の景色に夢中だったらしい。
到着を待つ間に自分のサインを見つけた瞬間、父さんは感極まってしまったのだという。
「一緒に開発してきたのに、全然名前が残らないのは惜しいと思ったんだよ。だから退職するなら記念にサイン書いてと、色紙代わりに部品を渡したんだ」
「ほかの人は嫌がらなかったの?」
ふと浮かんだ疑問を伝えれば、間壁さんは胸を張った。
「お父さんと一緒に仕事をしていたメンバーが、今も結構残ってるんだよ。むしろ乗り気だったね。それで、どこに付けようかみんなで考えたんだ」
なんだろう。私が想像した雰囲気とはだいぶ違って、わきあいあいとしている。
とっくに辞めた父さんのことまで気にかけてくれるなんて、いい人たちばかりじゃないか。
間壁さんは父さんへ顔を向け、ニヤリとほほえんだ。
「いいとこにあっただろ?」
「さすがに恥ずかしかったぞ」
「なら、また再入社して消しに来てもらわないとな」
「そうきたか。光栄には思ってる……本当に。何度も誘ってくれるのも。でも、やっぱり今の仕事がちょうどいいんだ」
さっきまでの涙が嘘みたいな笑顔で、父さんはスラスラ話す。
声も穏やかで、本心を話しているように聞こえる。
でも、嘘だ。
向かいに座る間壁さんからは見えなくても、隣にいる私からは、テーブルの下で握り拳を作っているのが丸見えだ。
父さんが握り拳をつくるときは、嘘をついて苦しいときや、何かを隠してるとき。もしくはその両方だから。
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