3日目

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3日目

 玄関を開けたら、「おかえりなさい!」という、元気ではあるが、妻ではない声が聞こえた。  聞きなれた声だ。その声を聞いた瞬間、俺はもう心を決めていた。 「……ただいま」 「ちょっと、マー君!これは一体どういうこと!?昨日も可笑しいと思っていたけど、紗代さん、本当に耳が聞こえないだけなの!?」  俺がリビングに足を踏み入れるや否や、怒涛のように言葉を投げつけてくる俺の母。  その横には、生気のない青白い顔をした妻が椅子の横で倒れていた。  ピクリとも、動かずに。 「耳が聞こえなくなったと聞いていたけれど、あまりにも動かないから『嫁として座ってばかりなのはどうかと思うわ、動きなさい!』と押したら、そのまま倒れて動かないのよ!そういえばこの家なんだか妙に臭いし、怖くなって紗代さんをゆすったら冷たくて、息もしてなくて!マー君、これは一体どういうことなの!?」  俺の両肩を掴み、激しくゆすりながら訴える母。  その表情は、焦り、恐怖、驚愕と、色んな感情が混ざっているのが見て取れた。 (案外、早かったな)  俺は笑った。  そして、いつでも使えるようにポケットに入れていたボイスレコーダーの録音をONにして、テーブルの上に置いた。 「うん、そうだよ。耳が聞こえなくなったわけじゃない。紗代はもう、いないんだ」 「嘘。じゃあまさか、紗代さんはもう……!」 「母さんの嫁いびりに耐えられなくなって、死にたいって言って。そして、俺がいつものようにただいまって言って帰ってきたら、耳が聞こえなくなっていたんだ。母さんの声が聞こえないように、何かしたんだろうね。でも、声が聞こえなくなっても、母さんが目の前にいるだけで何を言われているかわかるぐらい、辛い記憶がよみがえっていたんだろう。だから、とうとう、母さんと相対することもしたくなくなったんだろうね」 「そんな、私のせいだって言うの!?私は何もしていないわ!ただ、嫁教育をしていただけよ。マー君に相応しい嫁になってもらうために!」 「だからって、紗代の心を殺していいわけじゃないよ」 「な……私は殺してなんか!」 「そっか、母さんは、何も気づいてないし、反省もしていないんだね。散々、俺がいない時に家に入るなって言ったし、そのたびに合いかぎも奪ったのに」 「だって、嫁教育をしないとマー君のことが心配で……!」 「もう、いいよ。やっぱり、何をどう話しても、無駄なんだね」  俺は、笑う。 「俺、紗代の所に行くよ」 「え、何を言って……」 「妻のいない人生なんて、信じられないよ」  そうして俺は、5階のマンション部屋の窓から飛び降りた。
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