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『ああ、ああ!だめよ。マー君、私のマー君!そんな、そんな……!いや、いやあああああ!』  そこで、ボイスレコーダーの音声はプツリと途絶えた。  安物のボイスレコーダーなので、恐らく録音はそれ以上できなかったのだろう。  全ての録音を聞いた警察は、このボイスレコーダーを提出しに来た震える初老の女性に視線を向け難しい顔をした。 「間違いなく、飛び降りた直後の音声に聞こえますね。けれど、どこにも息子さんの死体はないどころか、貴女が外を探して部屋に戻った時には、お嫁様の姿もなかったと」 「そうです、そうなんです、もう本当にわけがわからなくて……」  そういって頭をかきむしり、錯乱寸前で目の血走った女性の様子に、警察は結論付けた。  彼女は、痴呆が始まっているのだと。  もう70近い見た目をする老人だ。  そうなっていても仕方がない。  ボイスレコーダーの音声も、嫁姑問題で嫁か息子が何かのために録音としてとっておいたのだろう。  そして、二人の姿がないことから、この老人は恐らく息子夫婦に絶縁されてここにいるのだろう、と。  その絶縁をなかったことにしたくて、ボイスレコーダーの音声から色々と事実を捻じ曲げたい。そんなところだろうか、と老人の様子からそれが真実だと決めつけた警察は再び初老の女性に視線を向けた。 「わかりました。ひとまず落ち着く場所が必要ですよね。親戚の誰かに詳しく話して、一度ゆっくりと療養しましょう。息子さんがいなくなる瞬間を見て、お母さんの心も今興奮状態なんですよ」 「私のマー君、マー君は生きているのよねきっと。だって、死体がなかったんだから。紗代さんもきっと、生きてるのよね?私、殺してなんていないのよね?」 「はいはい、きっと大丈夫ですよ」  これは重傷だ、と判断した警察は、老人介護施設に連絡した。  ひとまず、精神病棟設備も整っている場所の方がいいだろう。  そう頭の中で思いながら、最近新聞記者から警察に何か公表できる事件などはないかと聞かれたことをふと思い出す。 「最近何の事件もなかったし、小さな事件として公表はしておくか」  見出しは恐らく、嫁いびりをした姑の末路、と大げさにでも書くだろう、と考えながら。
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