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平和な日
新聞の記事の『嫁いびりは幸せを生まない』というタイトルで書かれた記事を見つけた俺は、本名は隠してあるものの、目隠しをされた写真や、記事に書かれている内容から自分の母だと確信した。
「だから、何度も言ったのに。こっちの話を聞かなかったそっちが悪いんだからな」
俺はぽつりとつぶやき、買ったばかりの新聞を駅のゴミ箱に捨てて帰路を歩んだ。
着いたのは、新築の家。
庭付きで、いつか子どもが出来たらキャッチボールをしたり出来るような広さだ。
玄関は人感センサーつきの防犯カメラとライトが設備されており、俺が近づくと明かりがついた。
俺はドアにカギを差し込み、開けた。
そして、言った。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
俺の言葉にすぐ元気な返事があった。
小走りで、リビングから少しお腹の膨らんだ妻が来た。
「大事な体なんだから、あまり無理はするなよ」
「えへへ、だってもう演技は必要ないし、自由が幸せすぎて」
そう言って笑う紗代は俺の愛しい妻だ。
妻は、演劇部の部長を務めたことがあるほど演劇に心得のある人で、結婚するまでは舞台に立っていたほどだ。
ずっと俺の母の嫁いびりを適当に交わしていた紗代だったが、1か月前に妊娠がわかり、つわりがひどくどんどんやせ細り表情も青白くなっていったことから、妻は「今なら本物の死人の演技が出来そう。仕返しにやってみていい?」と提案してきたので、俺もそれに乗った。
そして俺の仕事は、スタントマン。
10階から飛び降りる演技をしたことがある俺にとって、5階から無事に飛び降りる事なんて逆立ちをするぐらい簡単なことだ。
そういうわけで、心中した夫婦を演じたわけだが、案外うまくいくものだ。
ついでに俺は、母に見つからないよう苗字も戸籍も変えた。
妻の方に婿入りしたのだ。
そして、いつかは温かい心を持った義父母との同居も考えている。
そんな幸せな未来しか待っていない人生に、俺は改めて幸せを噛みしめながら、思わず言った。
「ただいま」
「はい、おかえり」
紗代とキスを交わし、俺は自分のちゃんとした人生に帰って来たことを噛みしめた。
fin
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