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序
幼い頃に読んだ童話にたびたび登場した、王子様と呼ばれる人物に憧れていた。
かわいそうなお姫様を救い出してくれる、優しく美しく気高く、誰がどこからどう見ても完璧な男のひと。
私と、私だけの王子様は、目を合わせた瞬間に強烈に惹かれあって恋に落ちる、そんなことを夢想していた。
彼は私に、ただただストレートな甘さと優しさだけを降り注ぎ、幸福と安定を与えてくれる。
幼少の頃、別段かわいそうではなかったけれど(むしろさまざまな面で恵まれた人生を送っているほうだと思う)、父親から「小春はパパのかわいいお姫様だ」と繰り返し囁かれ育てられた私は、自分がこれから誰かの言葉によって紡がれる物語のなかのお姫様で、いつか王子様に出会って劇的な恋に落ちるのだと信じていた。
ふと思い出して、そう打ち明けると、目の前の友人・莉子にかわいそうな子を見る目を向けられた。憐れみと嘲り、後者のほうが質量多めの視線である。
「でもあんたアルファなんじゃん? ふつうに王子様側でしょ」
「そうなんだよ……そうなんだよ……っ! 現実がつらい……っ」
銀のフォークを握りしめる手を震わせる私に対して、莉子は「今でも王子様に夢みてんの? 大丈夫?」と呆れた表情と声でチーズケーキを食べている。表面が黄金色に焼かれたシンプルでスタンダードなベイクドチーズケーキ。
かたや私の前に置かれているのは、色とりどりのフルーツが小さな土台の上にぎゅっと押し込められたフルーツタルト。全体が水飴を塗ったようにきらきら光っていて、フォークで崩すのがもったいない。
女の子なら宝石箱みたいなきらきらしているケーキが一番すきで、きらきらしている王子様に憧れて当然だと、私は思っているけれど、どうやら莉子は違うみたいだし、他の友人たちにしたってそうみたいだ。
でも、そもそも私も、莉子も、他の女友だちも、それぞれが違う性を有しているのだから、当たり前の差異なのかもしれない。
この世には、第一の性と第二の性が存在している。
第一の性は、いわゆる雌雄、男女の別。
そして第二の性は、アルファ、ベータ、オメガの別。
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