強請る

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 それがオメガという性の本能なら。  ——彼を抱きたい。     私の、アルファという性の本能が、切望している。 「あ、あ、あなたが、欲しい……です……」  ひときわ強く匂い立つ首筋に顔を近づける。  唇を押し当てて、歯を立てようとした、その瞬間。  あっさりと彼は私のからだを引き剥がした。反動で上体がベッドに沈む。安っぽいシャンデリアを背にして、大きな黒い影になった彼は、花のようににっこりと微笑んだ。 「じゃあね、日比さん」  「ええ?」 「ひとりでがんばってね」  颯爽とベッドを離れ、入口扉のほうへ迷いなく向かう肢体。 「待っ、!!」  あっさりと開いた扉の先に彼は消える。濃密な甘い匂いが充満する部屋に、私ひとりを残して。 「…………せめて、手、ほどいてよう」  音を立てて閉まり切った扉を呆然と見ながら、届かないとわかっているのに、呟かずにはいられない。     なんなの。助けてくれたのに拘束して、触れてきたのに途中でやめて。悪戯なつむじ風に巻き込まれた気分だ。  シャンデリアの強すぎる光によって、彼の残像が網膜に焼きついている。  目を閉じると鮮明にまぶたの裏側に映し出された。彼がいなくなっても、彼の匂いは消えない。残り香ですら私の劣情を刺激し続けるには十分すぎた。散々に弄られた性器が性懲りもなくまたむずむずしはじめる。  足りない、もっと、早く誰かで、なにかで、きつく締め上げるように包み込んで、飽和しきった欲望を少しでも解放したい。なんて獰猛で醜い衝動だろう。  シーツに顔をうずめて嗚咽した。こんなのいやだ、受け容れられない、受け容れたくない。  自分が酷い有様なのはわかってる、名前も知らない彼の手で簡単に射精して、そればかりかはしたなく強請ったことへの自己嫌悪が胸のなかで吐きそうなほど渦巻いている。なのにそれ以上に、彼をどうにか自分のものにしたいと願っている。  私の、はじめてのオメガ。  オメガの男のひとってみんなああなんだろうか。あんなに魅惑的で、あんなに残酷で。 「オメガ、こわ……」   
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