9人が本棚に入れています
本棚に追加
道化る
大学生も3年目を迎えると、そうそう新しい出会いやめずらしい出来事が発生するわけでもなく、ぬるま湯に肩まで浸っているような平穏と繰り返し再生される薄味な日常があるだけだ。
それは私も、私の学友たちも同じで、特に私たちは小学校からエスカレーターで内部進学を重ねて大学まで辿り着いた組なので、がむしゃらに勉強して一般受験で入学してきた学生よりも、変わらない日常に良くも悪くも慣れきっているかもしれない。
だから、私が体験したエピソードに莉子は多大なる興味をそそられたようだ。彼女もエスカレーター組で、私たちは小学校からの友人である。
「えー、それじゃ、手縛られたままホテルのベッドに放置されたんだ?」
「チェックアウトの時間過ぎても出てこないから、ホテルの人が見に来て、発見されたよ」
「まじかー、やることえぐいね、そのオメガくん。ていうか、ほんとにオメガなの? アルファとオメガって、絶対的な主従関係があるって聞くからさ。アルファに対してそんなことやれちゃうオメガってほんとにオメガ?」
「うーん。オメガだって言ってたし、匂い? フェロモン? が、オメガだったよ、たぶん……」
「第二の性って見た目じゃわかんないから不便だよねえ」
たしかに、男女の区別のように見た目ではっきりわかるなら楽なのに。莉子の言葉に深く頷きながら、あの日出会った彼のすがたを思い出していた。
そっけなくて、可愛くて、悪戯で、妖艶で。夢みたいに——もしかしたら悪夢かもしれないが——心囚われる甘くて良い匂いを放っていた。
発情しているオメガのフェロモンをあれほど直接浴びたことがなかったからわからないけれど、オメガなら誰でも、発情したらあの匂いを発するのだろうか。
発情? あれが?
そもそも、私よりもずうっと余裕綽々な顔をしていた彼が発情していたとは到底思えない。
発情していないオメガがフェロモンを発し、アルファの発情を誘うことなどあるのか。あいにく私も莉子も、第二の性にはまるで詳しくなかった。
発情したオメガはアルファにとって逃れられない強烈なフェロモンを発する、そして自らも性欲の高まりを抑えられず、誰彼構わず誘う。だからアルファは気をつけないといかない。そう、中学校の保健の先生が言っていた。
最初のコメントを投稿しよう!