道化る

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 四月の第一週から毎週欠かさずに出演している土曜午前の情報番組のお天気コーナーは、梅雨が本格化すると、ちょっと気乗りのしない仕事になってきた。毎回、テレビ局のそばの空が広く見える開けた場所から中継するのだが、雨が降っていても風が吹いていても、その慣習は固く守られる。  むしろ梅雨の今は、私が雨に降られるさまを見せて、透明傘に打ちつける雨の強弱などの視覚情報を、午後のお出かけ時の参考にしてもらわなければならないのだ。  なんといっても先週はひどかった。台風を思わせる横殴りの雨風のなか、レインコートを着て中継に臨んだ。二分間の短いコーナーだから大丈夫かと高を括っていたけれど、強烈な雨が相手では二分だろうが十分だろうが関係ない。二秒でずぶ濡れになってしまうのだから。  顔だけ半円形にくり抜かれたレインコートで全身をすっぽり覆っていたから、顔だけどろどろになった。プロによって施された化粧はひとつの芸術だ、それを二秒で台無しにしてしまうなんて、番組スタッフが化粧なんて気にも留めない男性スタッフばかりであることに無性に腹立たしくなった。  そして今日も、土曜日で、雨。  六月は終わりに近づいている。梅雨の晴れ間、なんて言葉を使う機会にも恵まれず、雨続きの毎日だ。今日は紫陽花をバックに中継することになっていた。幸いなことに、今週は細い雫が微かな音を立てて流れるだけの穏やかな雨空だ。  少数のスタッフと打ち合わせをし、スタジオにいる司会者から名前を呼ばれるまでの待ち時間、しゃがんで紫陽花を眺めていた。雨が菱形の小さな花びらをやんわり叩く。雨足は強くないけれど、空を覆う雲は幾層にも重なってぶ厚く、あたりは暮れ方のように暗い。この雲は晴れることなく、今日は一日、降ったりやんだりのぐずついた天気になるらしい。  ほらまた、ぐずついた天気だ。私がお天気キャスターをしているうちに一体何度ぐずついた空と言わせるつもりなのだろう。うんざりする天気だ。  けれど紫陽花だけは、雲が暗く重たく垂れ込めていればいるほど、雨に濡れれば濡れるほど、色も香りもより綺麗に映えると思う。 「そうやって花と戯れてると、絵になるね」
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