道化る

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 後ろから茶化すのはスタッフのひとり、飯村さん。大卒二年目のアシスタントディレクターで、スタッフ内では私と一番年が近いので、こうやって気安く話しかけてくれる頻度も一番高い。 「そうですか?」 「小春ちゃん美人だからな。やっぱりお母さんと似てるよね、俺このまえ、お母さんの若い頃の画像をネットで見たんだけど、」 「飯村ー、女子大生口説いてないで仕事しろー」  飯村さんの声を遮って、先輩スタッフの声が飛んでくる。 「口説いてないですよー、もー」  口を尖らせて否定しつつも、慌てて先輩のもとへ走る飯村さんの後ろ姿を目で追う。なんだか大変そうだ。アシスタントディレクターとは雑用係、つまり先輩スタッフの奴隷らしい。  私は飯村さんが言っていた、“若い頃美人だった”母のコネで、一般の大学生にも関わらず、にっこり笑って原稿を読むだけの名ばかりお天気キャスターをやっている。気象予報士の資格はおろか、天気の勉強など中学校の理科以来一切したことがないにもかかわらず、だ。  そうこうしているうちに本番がはじまる。  何万人というひとびとと、大きなテレビカメラのレンズ越しに向かい合う。どんよりとした天気に真っ向から挑むように、自分史上最も晴れやかな笑顔を意識する。 「あいにくのお天気が続きますが、来週後半には久しぶりの晴れ間が見られそうです」  血色がよく見えるアプリコット色のリップで彩った唇をはきはきと動かす。母の勧めでアナウンススクールにも一時期通っていたから、原稿を読むのは得意だ。カメラのレンズを真っ直ぐ見詰めながら、引き攣るくらいに口角を持ち上げて笑うのも。 「はーい、日比さんおつかれさまー」  二分間の本番は、はじまってみれば一瞬で終わる。終わったら即撤収。昨今の不景気で広告収入が削られるばかりのテレビマンは、人件費削減のためか常に仕事が立て込んでおり忙しいのだ。  本番中とほとんど同じ愛嬌をふりまきながら、スタッフひとりひとりと「お疲れさまでした」「ありがとうございました」という挨拶を交わしていく。飯村さんに「小春ちゃん、時間あったらこのあとご飯でも」と誘われ、なんと返事をしたものか悩んだ刹那。  視界の端に映った人影に、考えるより先に足が走り出した。 「小春ちゃん?!」
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