道化る

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「あれから?」 「……いや、その、なんでもないです」 「もしかして夜な夜なエロいことでもしてる?」 「は?」 「ファンデーション厚塗りで隠してるけど、目の下、くまができてる。いかにも寝不足って顔してるし」  家族にも友人にも、さっきのテレビスタッフたちにも、誰にも気づかれなかったのに、なんでこのひとだけ見つけてしまうんだろう。暴かれてばかりだ。私はこのひとのこと、まだなんにも知らないのに。 「性欲無尽蔵な日比小春さん」 「その枕詞にフルネームつけるのやめてください」 「否定しないってことは、ほんとに寝不足になるまで夜な夜なセックスしてんだ? 相手は彼氏? それともオメガの彼女?」 「どっちもいないし、してないですし、そういうこと言うのやめてください昼間から、」 「はじめて発情した直後のアルファって、しばらくのあいだ性欲のたがが外れて不安定になるって聞いたことあるから」 「え、ほんとですか」  なんだ、私がおかしいわけじゃなかったのか。 「あからさまにほっとした顔してる。そっか、夜な夜なオナニーしてたんだ、日比さんエッロ」 「だからもう、やめて、ちがいますってば、」 「あんまり弄りすぎると大きくなるから気をつけたほうがいいよ」 「うっそ、やだ本当に?」 「うん、嘘」 「あーーーもうっ!」  思わず握り拳をテーブルに叩きつけた。隣の席の男性ふたり組がびくりと肩を揺らしてこちらを横目にうかがうのがわかった。  話せば話すほどに彼のペースに呑まれていく。何度も頭を抱えそうになりながら、けれども彼に翻弄されること自体が心地よいと感じる自分もたしかに存在していて、我ながらばかげていると思う。  そのうちに店員が料理を運んでくる。私がくだんのスタミナにんにく餃子定食、彼はニンニク抜きのスタンダードな餃子定食。 「私だけにんにく……っ、裏切り者……っ!」 「おいしいから大丈夫だって」 「問題はそこじゃない……」 「ほんとおいしいから、俺のイチオシ」  そうやってにっこり笑うとやっぱり可愛いから、ずるい。甘い花笑みに抗議の声を奪われて、私は大人しく、よく知らない異性のまえでひとり、にんにくたっぷり餃子を食すしかないのだ。 「こ、小悪魔……」
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