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食べるシーンをじっと見られるのはあまり居心地のよいものではない。なんというか、服を脱いでいる途中を見られているような、そんな恥ずかしさに通じるところがある。
「すみませんお待たせしてます」
「いいよ、ゆっくり食べなよ」
「恐縮です」
「かしこまりすぎ」
ふふ、と彼が柔らかく笑うから、私は、ずっと抱えていた疑問をぶつけてみようと意を決した。
「あの、アルファの発情って、オメガの発情に誘発されるじゃないですか」
「そうみたいだね」
「あなたは、発情してたんですか? 私が誘発されたのは明らかにあなただと思うんですけど。ほかに誰もいなかったし。でも、発情していたようには、ちょっと見えなくて。それに、」
「それに?」
「今も、匂い、するし」
彼が眉を顰める。
「そんなはずない」
「します、甘くて良い匂い。あの日ほど強くはないですけど、たしかに、します」
「……嗅覚が相当敏感なのかな、犬みたいだね日比さん」
冷めた声音が、蔑むように弧を描いた唇から零れ落ちる。美しい瞳が私をまっすぐに映したまま嘲るように細められる。心臓が、その場所がわかるほどぎゅっと収縮する。
犬扱いでもいい、嘲笑でもいい、年上なのに笑うとやっぱり可憐で可愛くて、抱きしめたいと思う、発情でなければこれはなんなんだろう。
からだの芯が熱を帯びる、下腹部が疼きだして落ち着かない。昼間から淫猥な単語をテーブル上に平然と並べる彼よりも、私のほうがずっとふしだらだ。
何度も何度も繰り返し脳内に描いてきた、妄想上の優しくて淫らな彼と、目の前にいる少し意地悪な彼が交互に折り重なって積み上がり、ぐしゃぐしゃに踏み潰されていく。踏みつけにするのは私の情欲。獰猛で、醜悪なかたちをしている。
それを本能と呼ぶのなら、神様の人間設計にそもそも間違いがあったのだと指摘したい。
男でも女でもアルファでもベータでもオメガでも、みんな、こんなどうしようもない本質を、着飾った服の下、肌の下に隠しているのであれば。
スタミナにんにく餃子は結局おいしく平らげてしまった。口臭をむやみに振りまかないよう細心の注意を払いつつ、今後はミント入りのガムか何かを鞄のなかに常備しておこうとそっと心に決め、餃子専門店を出る。
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