道化る

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「あなたといると、自分が恥ずかしくなります。汚くて醜い、奥の奥に隠されていた、自分でも知らなかった、欲望とか、本能とか、そういうものがぜんぶ剥き出しにされていくみたいで。恥ずかしくてしかたないのに、なのに、この後あなたと手を振り合って別れても、またすぐに会いたくてたまらなくなるんです、きっと。あなたに暴かれていくことが、恥ずかしいのに、それ以上に心地よいと思っているんです」  甘い匂いに酔っているのかもしれなかった。  自分でも何を言っているのか、はたまた言いたいのか、判然としなかった。ただ、伝えたい言葉が胸の奥底から泡のように次々と湧きあがってきては喉もとで弾けた。弾けていくから到底すべてをつかまえて言い表すことなどできそうもなくて、歯がゆくもあった。 「だから、あの。私と、……ともだち、に、なってくれませんか?」  悩んだ末の科白は、我ながら頓珍漢にも程がある。案の定、彼は小さく噴き出す。ほんのわずか、優しく目許を緩ませて。 「三度目があったらね」 「いじわる」  約束の三度目はすぐに訪れると楽観視していた。名前と年齢と通っている学校が知れたのだ。連絡先は交換できなかったけど、現代の情報社会において、それだけの個人情報が揃っていればどうにかなるはずだと簡単に考えていた。  まずはSNSを検索してみた。彼らしき人物のアカウントは見つけられなかったから、次は、大学の授業がひとつも入っていない日に直接、M大学に足を運んだ。  院生の片岡涼平さんって知ってますか。キャンパス内を行き交う学生たちに手当たり次第に声をかけ尋ねてみる。けれど、彼のことを知っているひとはひとりもいなかった。  丸一日彼のことを訊き回っても、大抵は怪訝な顔で「知りません」と返され微妙な空気で終わるだけでなにひとつ収穫は得られず、心身ともに疲弊した私はがっくりと肩を落としつつ帰宅した。  午後十時。家のリビングでテレビを見ていた。正しくは、つけっぱなしのテレビ画面をぼうっと眺めていた。私が土曜日に出演している情報番組を放映している局の、金曜夜のニュース番組。
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