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潮染む
ノースリーブから伸びた二の腕の表面に鳥肌が浮き出るほど冷やされた学部棟から一歩足を踏み出すと、今度は真夏の日差しが網膜を灼くほどに強く照りつけている。
教室で「さむ〜」を連呼していた、同じくノースリーブ着用の莉子が、「あっつ〜」とうんざり顔で太陽を睨みつける。空を覆っていた梅雨の雲が晴れて数日が経つ。
「夏ってなんで暑いのかね」
「夏だからね。でも夏休みは最高だよね」
と言う私の声は弾んでいるけれど、莉子は変わらず口をへの字に曲げている。
「夏休みもインターンとかあるじゃん」
「インターン? 莉子、どこか行くの?」
「行く行く。八月と九月の二ヶ月間。このあいだ合格通知きたよ」
「えー、大変だね」
インターンって合格とか不合格とかあるのか、と驚きつつ相槌を打つ。
「小春は?」
「私? なにもしないよ?」
「薄々そんな気はしてたけど、大丈夫? 就活する気あんの?」
「インターンって行かないと就活に不利なの?」
「大体行くでしょみんな。だから行ってない時点で不利になるんじゃない」
「そっかあ。知らなかったなあ」
インターンってつまり労働でしょ? みんなすごいなあ、自分から休みを潰してただ働きするなんて。と心中で他人事な感心をしている私は、当然、莉子に可哀想な子を見るぬるい視線を送られる。
「小春、就活する気あんの?」
「すると思うけど」
「呑気だな」
莉子が偉いだけでは? と思うけれど口には出さない。
莉子は高校生の頃から、キャビンアテンダントになりたいのだと語っていた。だから英語の勉強を頑張っているし、エアライン志望者のためのセミナーを受けたりしている。
対する私は、将来の夢なんて小学校の卒業文集で書いた「パティシエになりたい」以来、まともに考えたことも公言したこともない。ちなみに小学生のときも今も、お菓子作りはおろかまともに包丁を握ったことすらない。
けれど考えてみれば、来年の春には私たちの代の就職活動が解禁されるし、来年の今頃には(つつがなく進めば)就職先も決まって、人生最後の長い夏休みを存分に謳歌しているはずなのだ。
「インターンと言えば、お母さんのところに来るって聞いたなあ。夏休みの大学生が」
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