潮染む

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「うん……それで、私に何の用?」  母は扉に張りついた私の肩を抱いて引き剥がす。そのまま応接室へ連行される道すがら、嬉々とした声が耳許で弾む。 「小春、この夏うちでインターンやりなさい」 「え? は? はあ?!」 「あんたの他にも一人いるの。とっても優秀な子よ。負けないように頑張りなさい。とりあえず今日は顔合わせと今後のスケジュール確認ね」 「待っ、私やるなんて、」 「やるの。もう決めたから」 「私の意向は無視、」  ですか、と言い終える前に応接室の扉が開く。同時に、中央に置かれたソファに腰掛けていた人影が機械仕掛けのように立ち上がってこちらを向いた。  その顔、すがたに、呼吸が置き去りにされる、その一瞬。彼は私ではなく、母だけをまっすぐに見ながら、微笑んだ。穢れを知らない無垢な花のように。 「先生、こんにちは。よろしくお願いいたします」  ——三度目があったらね。  別れ際の科白が脳内に鳴り響く。  私と彼は並んでソファに座り、母から今後インターンとしてやっていく仕事のおおまかな内容を説明され、互いのプロフィールを簡単に伝えられる。  インターンに関わることは耳を右から左に通り抜けていきほとんど頭には残らなかったけれど、隣に座る彼の情報はきちんとキャッチした。  よながさゆ。K大法学部の二年生。兄が母と仕事上関係があり、そのつてでインターンとして採用された。小学部からK大付属に在籍しているけれど、高校も大学も入学式で代表の挨拶を務めたほど学業成績が優秀で人望も厚い。 「憧れの先生にそこまで言っていただけるなんて嬉しいです」  彼は気恥ずかしそうに、けれど嬉しさを堪えきれないといった感じにはにかんだ。健気でいじらしい、清純派アイドルみたいだ。  誰だこのひと。もしかして顔かたちがそっくりなだけの別人か? と目と耳を疑うけれど、鼻先に覚えのある甘い匂いが届いて、やっぱりあの彼だと思い直す。  そうだ、私をホテルに連れ込んだときだって、冷たく意地悪に笑う顔と、可愛らしく笑う顔と、両方あったじゃないか。 「——以上、なにか質問は?」  母の話がひと段落したらしい。唐突に向けられた疑問符に、私は記憶の彼方に飛ばしていた思考を現実へ引き戻される。 「なにか訊いておきたいこと、ある? 小春」 「えー……っと」
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