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「光栄ですけど、僕なんかに務まりますか」
さゆの声は謙遜の色をまとっているけれど、本心ではどうだか。私以外に対しては常に異常なほど猫を被っていることが、インターン一日目でわかった。
今日でインターンは二週間目だ。私は昔からこの事務所に出入りすることがあったからスタッフとは顔見知りで、可愛がられているという実感もあったけれど、さゆはあっという間に私を遥か後方に追い越して、事務所内のアイドルになった。
意欲に溢れていて、なにをやらせても完璧にこなす、優秀なのに謙虚で、いつも花のような笑顔を絶やさない、見目麗しい男の子。クールビズということでポロシャツにスラックスを合わせているさゆの格好は高校の制服みたいだ。
新入生代表を務めるほど優秀だったという高校生の頃も、大学生の今も、学校ではこんな感じなのだろうか、と、知らない彼に思いを馳せた。
「あ、もちろん小春ちゃんも頑張ってるって。先生、感心してた」
蚊帳の外で繰り広げられている会話を聞き流しているつもりだったのに、自分の名前が呼ばれたから慌てて月木さんを見る。
「母が? ほんとうですか?」
「うん。先生は小春ちゃんのこと、よく見てるよ」
月木さんは優しいから、他のインターンのことばかり褒めていては悪いと、私へ無用な気を回してくれたのだろう。そんなのいらないのに、と思いつつ、さゆの笑顔を真似して、「ありがとうございます」と言った。
今日の午前中は書類とパソコンに向かうだけで終了になった。休憩とってきなよ、という月木さんの言葉にありがたく頷く。
ニコイチというか、ふたりあわせて一人前、みたいな扱いを受ける私とさゆは、休憩も連れ立って事務所を出る。小春ちゃんと夜長くん、すっかり仲良くなったね、とみんな微笑ましそうに眺めている。
エレベーターに乗った途端、さゆの顔がアイドルではなくただのそっけない青年に変わった。いつもながらその変化っぷりに舌を巻く。
「さゆ、疲れない?」
「なにが?」
「みんながいるとき、いつも作り笑顔で」
「別に」
ああ、やっぱりそっけない。けれど冷めた声音を聞いていると、どこか安心する自分もいる。他のひとに対して優越感を抱く自分もいる。
さゆのこっちの顔を知っているのは、あの事務所のなかで私ひとりだ。
「で、何食べる?」
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