潮染む

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「女の子のお買い物は時間かかるんですー」  右手にビキニ、左手にワンピースタイプの水着をもちながら唇を尖らせた。 「いいじゃんどっちでも。着たいほう着れば」 「でも……」  言い淀む私の懸念事項に、すぐに思い及んだらしい。 「ああ、そっか。小春さん、下半身ぴったりしたタイプだとやばいことになるのか。下手すると女装してる男と間違えられるね」  と、笑われるので、瞬間湯沸かし器のように頬が即座に熱くなる。 「笑わないでよ、切実な問題なんだからっ」  スタンダードな形のビキニを一生に一度くらいは着てみたい。でも私がそれをすると、さゆの言う通り、やばいことになる。顔も身体つきも女性そのものなのに、ビキニのショーツ、股の間だけがなにやら膨らんでいるという、おかしな上に卑猥なことになってしまう。  だから私は一目惚れしたビキニを置いて、ワンピースも置いて、ショートパンツ付きのセットを選んだ。上は胸下までの丈の短いキャミソールになっていて、下はショーツに、ふわりと広がるたっぷりした生地のショートパンツという組み合わせだ。  これはこれでかわいいけど、街歩きもできてしまいそうな、さほど水着らしくないデザインである。せっかくプールに来て水着を選んでいるのに水着感が薄いものだとなんとなくもったいない気がするけれど、グラビアアイドルが青年誌の巻頭で身につけているような、布面積の狭い女性の身体のラインを強調するセクシーなデザインは到底、私に着こなすのは無理だ。  私が選んだ水着と、さゆの水着、タオル類その他と一緒に会計を済ませる。彼は黒いハーフパンツタイプの水着に、白いパーカーを購入していた。日焼け防止用なのかもしれない。さゆは色白で、日に焼けると肌が浅黒くなるよりも赤くなって皮が剥けそうなタイプだ。  それぞれの水着を手にして、男女別になった更衣室に分かれて入る。汗を吸って微かに湿ったカットソーにスカート、下着を脱ぎながら、私は頬を緩ませる。  これは、俗に言うデートではないか。ふたり、真夏の午後、プール。夏を謳歌している、という充実感。  けれど一方で、私には完全に楽しみきれない理由があった。水着を身につけると、沸き立つ気持ちとともに陰鬱さが重い溜息になって口から出てくる。
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