潮染む

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 水着姿で人前に出たくない、さゆに会いたくないだなんて、私がアルファ女性でなければ、両性具有でなければ、微塵も思わなかっただろうに。  のろのろ着替え、更衣室を出る。何度も全身鏡でチェックして、大丈夫だとは思ったけれど、他人の目から見るとどんな風に映るのかは自分ではわからないから、私はできるだけ身体を隠すように身を縮こまらせて歩いた。  更衣室を出てすぐのところに、さゆがいた。 「お、似合ってるよ」  そう言われただけで舞い上がってしまう私はどこまでも単純な生き物だった。 「ほんと? 変じゃない?」 「水着着てんのに恥ずかしそうにしてるから変に目立つ、堂々としなよ」 「でも」 「これ着て、心配なら前閉めとけば」  と、さゆが小脇に抱えていた白いパーカーを手渡した。 「え、いいの?」  受け取って袖を通すと、男性用のそれは私には着丈が長く、腰の下まですっぽり覆ってしまう。もしかして、いや、もしかしなくともさゆは、私のためにわざわざこのパーカーを買ってくれたのだろうか。私の不安を包み込んでしまうために。 「着なくても大丈夫そうだけど。いらなくなったら処分してよ」 「そんな……ありがとう」  呟いた謝辞に、彼の言葉は返ってこない。  ふたりだけでいるときのさゆは、いたずらだったり、意地悪だったり、そっけなかったりする。でも優しい。  私にかまわずにすたすたと歩きはじめる背中に、無性に抱きつきたくなった。全力で嫌な顔をされるであろうから、しないけれど。  くっつきたい衝動を堪えながら、私は前を歩く彼を追う。  かわいいな、とはほとんど常に思っている。でも、愛おしい、と思ったのは、今この瞬間がはじめてだった。  フェロモンに誘発されるのとは別種の胸の高鳴りがいつまでもやまない。やみそうにない。  いくつかのエリアに別れた広大な屋内プールはどこを見ても人でごった返している。水面はカラフルな水着や浮き輪でほとんど埋め尽くされているので、誰にもぶつからずにまっすぐに泳ぐことなんて到底叶わないだろう。どんなに気をつけていたとしても、誰かに触れたり、触れられたりするのはきっと避けられない。
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