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今年の夏は、さゆに出会えたおかげで私の世界は確実に広がっている。ウォータースライダーで遊ぶさゆはどんな顔をするのだろうかと思いを馳せながら、目を閉じた。
「きみ、ひとり?」
声のしたほうへ視線を送ると、男性がひとり、私を見下ろしていた。背が高く、肌は日に焼けた小麦色で、裸の上半身は均整のとれた筋肉がついている。都会のプールよりも、浜辺でサーフボードを抱えて歩く姿のほうが断然似合っていそうな若い男である。
「私? ですか?」
「そう、きみ。俺もひとりになっちゃったんだよね。一緒に来てた男友達が女の子といい感じになって、ふたりで行っちゃって。だから寂しくてさ」
「はあ」
見ず知らずの男は馴れ馴れしい表情と言葉をまとい、私の隣の椅子に腰掛ける。微笑んだ唇の隙間で、過剰なほど白い歯がこぼれた。
「きみ、名前は? 学生さん?」
「それはちょっと」
「いいじゃん、見た感じ、きみも連れがどこか行っちゃったんじゃない? ねえ何か飲もうよ。喉乾いちゃってさ。飲み物、なにがすき?」
「あ、メロンソーダが」
答えたところで、左肩に冷たい感触が広がり、反射的に声を上げた。何事かと驚いて見れば、白いパーカーの肩から二の腕、鎖骨のうえまでの広範囲が、鮮やかな蛍光緑に染められている。
左肩の後ろに、さゆがいた。中身がほとんど入っていない透明なドリンクカップを手にしている。
わずかに残ったドリンクは私にかかっているのと同じ、蛍光緑のメロンソーダ。
さゆがにっこりと微笑んで、首を傾げた。
「お待たせ。飲み物買ってきたんだけど、ごめん、いま躓いた拍子にこぼれちゃった」
「え、あっ」
「ほんとごめんね、洗い流してこよう?」
自らの登場に呆気にとられる男性に見向きもせず、さゆは私の手を引いて立ち上がらせる。そのまま歩き出す。プールサイドをゆらゆら揺蕩っているひとの群れの合間を縫って、真っ直ぐに進んでいく。
「はやかったね。ウォータースライダー、楽しかった?」
「超並んでたからやめた。それで飲み物買って戻ったとこだった」
「飲み物残念だったね。さゆもメロンソーダ、すきなの?」
「小春さんすきそうだと思って」
「ほんと? 大正解! すごい、なんでわかったの?」
「あんないかつい男にナンパされてたのに呑気だな」
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