潮染む

17/19
前へ
/71ページ
次へ
 ほとんど距離のない密室にいると、さゆの匂いに包まれてくらくらしてきそうだ。最初のときほど強く香っているわけではないのに。もはや感覚に沁み込んだ彼のフェロモンを、ほんのわずかな粒子であっても、私の嗅覚は強欲に拾い上げる。全部自分のものだと主張するみたいに。  服を着ていない分だけ、距離が近い分だけ、アルファとしての自分が剥き出しになっていくような気がした。  身体の芯が熱を持っていく。さゆはいつもの冷めた瞳で私を見下ろしている。手首の拘束が緩んだ拍子に、懇願するように手のひらを合わせて握り直した。鼓動がはやくなる。  キスして欲しいとか、抱きしめて欲しいとか、そういう情動を相手に察知してもらいたいとき、どうすればいいのだろう。  恋人がいたことはあっても、私には性的な経験の場数が圧倒的に足りなかった。そして仮に経験豊富だったとしても、それがさゆに通用するとは考え難かった。  私がなにを求めているかだなんて、さゆにはいつも、全部、見透かされているのだ、きっと。  私の欲望を見透かしたうえで、気まぐれに与えたり、与えなかったりして、弄ぶ。私に選べる道は、彼に嘲笑われることを承知で、羞恥心を掻き捨てて強請ることだけ。  握った手にぎゅっと力を込めた。濡れた唇の間から漏れ出た吐息は驚くほど熱かった。 「ほんと、頭のなか、エロいことばっかだな」  予想通りの音で、温度で、私を嘲った彼の、握っていないほうの手がいつかのように内股を撫でながら上へ上へと這う。ショートパンツの隙間から侵入し、水着のショーツの内側で、勃ちあがりかけた性器、竿状のそれに触れた。 「あ……っ」  ショーツの外に取り出して手のひらで包むように握り、ゆっくりと上下に扱く。シャワーに濡れた手は冷たくて気持ち良い。擦って刺激するのは自分でも夜毎に散々やっているけれど、さゆにされるのは、手淫とはまるで違った。  触られただけで笑ってしまうくらい興奮状態になり、一往復するだけでぞくぞくと腰が震える。与えられる快感を待ち望んでいるくせに、そのあまりの強さから無意識に逃れようと腰を引いた私を追いかけて、男の身体と壁の間で行き場をなくした。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加