泥濘む

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 だからオメガはその性質上、あらゆる面で能力が低く、発情があるため扱いづらく役に立たず、けれど見目に優れていて淫乱な、アルファを慰め子を孕むための生き物、というイメージで語られる。  そのイメージを持っていたのは私も例外ではなく、だからさゆのように優秀なオメガが存在することに驚いた。  人種、身分、宗教、性、あらゆる差別は、憎むべきもの、根絶すべきものだというのが現在の世界の共通認識だろう。私も、そしてきっとさゆも、差別は絶対にしてはいけないことなのだと、社会の理をなにも知らない幼い頃から教育されてきた。  でも、世界じゅうどこへ行っても差別にまつわる話題はなくならないし、ひとびとの意識から完全に消えることもない。  セミナーは、母をはじめ第二の性差別撤廃を目指す活動家がさまざまな視点から講演し、聴衆と意見交換をする、というものだ。ただのインターンである私たちがすることは開始前の会場設営の手伝いくらいで、はじまってしまうと仕事はない。だから会場の隅で壁に寄りかかって、どこかの大学教授だという中年男性の話を右から左に受け流していた。 「さゆは、政治家になりたいの?」  「なんで?」 「だってお母さんのところで真面目にインターンしてるし」 「別に政治家になりたいわけじゃないけど。世界が変われば、なんだっていい」 「世界……」  私とさゆの間には、明確な隔たりがある。私がアルファで彼がオメガだという性差以上に、見えているものが違うのだと、急に彼を遠くに感じる。 「さゆは、すごいね」 「あんたが、アルファ、プラス上流階級ってことに胡座かきすぎなんだよ。どうせ就職だって親のコネで適当に大企業入って、楽な仕事を腰かけで何年か勤めたら適当に相手見つけて結婚して会社辞めるんだろ」 「……うーん?」  首を捻るけれど、たしかに彼の言葉の一言一句、正しいような気がした。莉子をはじめ、周りが自分の進みたい道を決めて能動的に歩き出しているなかで、私はと言えば、母に言われるがままにはじめたインターンが続いている理由は百パーセント、さゆへの下心でしかない。
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