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「それはほとんど嫌いって言ってるのと同じじゃないですか……」
「うん、すきではない」
「次はティーシャツ着てくる」
「でも俺のことだけ考えながらめちゃくちゃ気合い入れて服選んで化粧して髪巻いてたんなら、ちょっとかわいいなとは思うよ」
淡白な声で落とされた科白に、一瞬思考が停止する。
「小春さん俺のために必死すぎて、かわいい」
そう言って目を細めて微笑する、口許が柔らかく弧を描き、嘲りの形をとる。
「……『かわいい』に『ばかみたい』って副音声がついてた気がするんですけど」
「うん。ばかみたいで、かわいい」
「やっぱり」
それでも、「かわいい」という言葉はたいへんな魔力を持っている。嘲りを含んでいたとしても、それは甘い痺れとなって心を震わせた。
「で、どこ行くの?」
尋ねられ、私は再びぽかんとした。
「え? さゆが何か考えてくれてるんじゃ」
と言っている最中にも、彼は呆れた半眼になる。
「なんで俺がエスコートすんの? デートしたいのあんただろ。むしろエスコートしてよ、当然」
「ええー」
私が人生ではじめてデート呼べるものをしたのは中学生のときだ。同じクラスの男の子と遊園地に出かけて、別れ際に告白された。その後も、高校生、大学生の今と、デートの経験はある。
けれどそのどれもが、張り切った男性側についていくうちにいつのまにか終わっていた。私の役目は通常以上に愛嬌を振りまき、何でも楽しそうに笑うことくらいだった、実際に楽しいから楽しくないかはさておき。
まったく、さゆは王子様ではなくてお姫様みたいだ。幼い頃お姫様に憧れていた私が、さゆのような男のひとに心惹かれるなんて、神様の手違いかもしれない。
「なんでもいいよ、行きたい場所、ないの? こんなに晴れた日曜日なんだし」
「晴れた日曜日」
「うん、昨日お天気お姉さんが言ってた予報どおり」
「見てくれたの?」
「テレビつけたらやってたから」
「ふふ」
「なに笑ってんの」
「なんか嬉しくて」
テレビカメラに向かって笑顔を作ったとき、たしかに私はさゆのことを考えていた。そしてさゆは、そんな私のことを偶然であれ見てくれていた。そんな些細なことがとても運命的なことに思えて、とても嬉しい。
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