泥濘む

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 ふいに、思い出が頭をよぎった。晴れた日曜日の、楽しかった記憶。私がまだ、誰かにとってのお姫様だった頃。 「行きたい場所思いついた」    少し電車に乗り、やってきたのは都心にあるとある水族館だ。 「なんで水族館?」 「私、くらげがすきなの。ここ、くらげが有名で。小さい頃、お父さんと来たんだ」 「お父さん?」 「うちの両親、離婚してるから、お父さんに会えるのは数ヶ月に一回の日曜日だけだったんだけど、会う日はよく水族館に行ったの。小学校低学年の頃だったかな。私もお父さんも、くらげがすきで。お兄ちゃんたちはもう高校生と大学生だったから、部活だなんだであんまり来られなくて、お父さんと私だけの時が多かった。高学年になるとお父さんが再婚して、ほとんど会うことも無くなったけど。晴れた日曜日といえば、私にとってはお父さんとの水族館デートなんだよね」  入場チケットを購入しエレベーターに乗る。最初に出会った展示は、水草や小さな魚、エビ、小さな海の生き物たちが暮らす自然を再現した緑豊かな水槽。さゆは水族館に来たのは中学生のとき以来らしい。   「さゆは、家族は?」 「両親と、兄がふたり、姉がひとり」 「四人きょうだいなんだ。しかも末っ子」 「そう」 「たしかに末っ子ぽいかも」 「小春さんもでしょ」 「私たち末っ子同士なんだね」  館内の照明は薄暗く、その分透明な水槽のなかには光が溢れている。澄んだ水中を海の生き物が泳ぐすがたはどこか優雅で、硝子一枚隔てた向こう側は別世界だ。  サメとエイ、海の魚たちが一緒に泳ぐ巨大な水槽が映画のスクリーンのように美しく広がっているスペースを過ぎると、くらげの展示だ。  もっとも目を引く中央に、円形の広々とした水槽が置かれ、そこでは透明な傘のような美しい水クラゲが暮らしている。その周りの小さな水槽に、個体によって青や白と色が違うカラージェリーフィッシュ、薄褐色の身体が水槽の底で逆さまになりイソギンチャクのような触手を揺らめかせているサカサクラゲ。半透明の身体に水玉模様が浮かんだタコクラゲ。 「どのくらげがすきなの?」 「シロクラゲ。UFOがたくさん飛来してるみたいじゃない?」 「まあ、たしかに」 「あとは、ウリクラゲ。宇宙船みたいじゃない?」 「クラゲに宇宙を感じるのがすきなの?」
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