泥濘む

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 水族館を一周して外に出ると、仄暗さから一転し、夏の終わりの太陽が白く輝いていて空には雲ひとつなく、あまりの熱量に一瞬くらりとした。  その後も、目的地があるわけではない。私たちはあてもなく街を歩いて、時おり、涼をとるために適当に入った店を冷やかした。  日暮れ近くになり空腹感を抱いたら、ダイニングバーに入って少しのお酒と食事を挟んで、さまざまな話をした。そうやって過ごすうちに気がつけば夜もすっかり深くなっていた。  あまりアルコールの強くないカクテルを数杯飲んだ。終電まではまだ時間に余裕があったけれど、「あんまり遅くなると先生心配するでしょ」という彼の一言で、私たちは駅へと向かうことになった。  日中より気温が少し下がったけれど、真夜中であっても蒸し暑い季節だ。アスファルト、ビルの壁、道端に植わった植物、街ぜんたいが日中の名残りの熱を持ったまま、まろみのある夜闇の色に染まっている。  日曜日の夜の駅舎内は休日の外出の楽しさと、終わってしまう寂しさが均等に存在していて、無性に切なくなる。私たちが乗るのはそれぞれ違う地下鉄の路線だから、一緒にいられるのはホームにつながる階段の前までだ。  複数の路線標識があちこちへと伸びる、ひとのまばらな地下コンコースの片隅で、私たちは向き合った。  寂しい、名残惜しい。こんなに終わらせたくないデートははじめてだった。手を振って離れていこうとするさゆのティーシャツの裾を思わず掴んだ。 「なに?」 「なんでもない、けど。もうちょっと」  このままあっさり離したくない。帰りたくない、帰したくない。 「酔ってる?」 「ううん」  駄々っ子のように裾を掴む手に、ひとまわり大きな彼の手がそっと重なる。  手を繋いでしまうと、離したくない気持ちがいっそう募って、困った。  どうやって別れればいいのか、わからなかった。終わらせたくないデートの終わらせ方を、私は知らなかった。 「……帰りたくないなあ。今日が終わってほしくない。もっと、ずっと一緒にいたい」 「小春さんはいつも、すごく素直だな。思ってること百パーセント、顔と口に出てる感じ」  繋いでいないほうの手が、私の髪を指で梳くように撫でる。 「そういうとこ、俺はすきだよ」
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