泥濘む

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 吟味するべく胸いっぱいに空気を吸い込むと、唐突に、不思議なほどに彼に触れたくてたまらない気持ちが沸き起こって、手を伸ばした。手の甲を指先で撫でて、上から包むように重ね合わせる。 「やめて」  そう言いながら、拒絶するでもなくされるがままになっている。あの日曜日のデート以来、気安く触れることも、触れられることも、私たちの間では当たり前になった。  数日後。インターン最終日、つまりプレゼン当日。仮にも政策の発表をするのだからと、インターン生である私たちはスーツの着用を命じられた。真っ黒で飾り気のない、スタンダードな形のリクルートスーツに身を包んで、長い髪を低い位置でひとつ結びにして、すっかり通い慣れた母の事務所へ向かう。  事務所にはまだスタッフは誰も出勤していない。私とさゆは、最後の打ち合わせをするべく早く来ようという約束をしていたのだった。  受付にも応接室にも姿がないから会議室を覗けば、この字型に置かれた長テーブルのひとつに寄りかかるようにして立つシルエットが見えた。私の番かのような真っ黒のスーツを着ている。  スリムタイプのスラックスがスタイルの良さを殊更に強調している。青いネクタイをきっちり閉めて、カラスの羽根のような艶やかな黒を着こなした彼は、いつもよりずっと大人びて見えた。爽やかで清潔感に溢れているのに、とてもセクシーだ。  もっと近くでよく見たい、はやる気持ちを抑えきれず走っていくと、ヒールの靴音で気づいたさゆの顔がこちらを向く。目が合う。視線が絡み、さゆがほんの少し、口角をあげた瞬間。  私はがくんと膝から崩れ落ちた。 「小春さんっ?!」  床にくずおれた私に駆け寄り、心配そうに覗き込む。触れられるほどの距離感になると、それだけで下半身がぞくぞくと震えた。  いつもは薄くつけた香水が香る程度でしかない彼のフェロモンが、今日は、溺れてしまいそうなほど強く濃く発せられている。  すぐそばにいると、呼吸をしただけで咽せそうになる。匂いの粒子が瞬く間に全身を巡り、すべての感覚を支配する。本能が剥き出しになる。 「小春さ——」  呼びかける声を無視して、男の身体を床に押し倒した。足を開き、薄い腰に馬乗りになると、タイトスカートがせり上がって太腿が半分以上露わになった。
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