強請る

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 待っていた、会いたかった、野獣のような情動がからだの内側で叫んでいた。  目の前のひとを押し倒して、心もからだも屈服させて、一欠片すらも残さず、自分のものにしたい。  そのひとはひどく乱れた私の内部をすべて見透かしたかのように微笑んだ。  雨に濡れた弧状の唇に、眩暈がして、そして。そのあとは。  目が覚めたときにまっさきに感じたのは、濡れたブラウスが肌に張り付く心地の悪さ、直後に両腕の違和感、それに甘い匂い。  頭を思いっきり殴られたあとのように、脳がぐらぐら揺れている。眩暈。  思わず呻きながらまぶたを上げると、四方はペールブルーの壁。天井からは安っぽいシャンデリアが吊り下がり、さして広くない部屋を不必要なほど明るく照らしている。     シャンデリアの真下にはベッド、照明を反射して白く発光するシーツ、そのうえに私はいた。両腕を何かによって後ろ手に縛られている状態で。 「え? なんなの……どこ……」  知らず出た声は困惑の形をしている。上体を起こして部屋を見回しながら、両腕の自由を取り戻そうと、まとめて拘束されている両手首をやみくもに動かしてみる。何に縛られているのだろう、それは硬く、少し揺すったぐらいではほどける気配は微塵もない。  なんなんだ。  履いていたミュールがベッドの傍らに乱雑に脱ぎ捨てたように置かれているのが視界の端に見えた。着ているブラウスと膝丈のフレアスカートの薄手の布が濡れている。急な雨に降られたみたいに。  そうだ、雨が降ってきたのだ、あのひとと曲がり角で遭遇して、その刹那に。  思い出したら、甘い匂いが濃くなる。 「目、覚めたんだ」  いつのまに現れたのだろう。気づいたらベッドの縁に腰をおろしていたそのひとは、窺うように上目遣いに私の顔を覗き込む。手にした白いタオルで濡れた髪やティーシャツを拭きながら。  骨張った手首から、水滴が落ちるこめかみから、丸い首もとから、匂いが漂ってくる。美しい黒の瞳にまっすぐに捉えられ、う、と喉奥が締まった。 「からだ、平気?」  温度の低い声が尋ねる。さして興味はないけれど、一応、という感じのそっけなさで。 「は、はい、……すみません、何が……どうして私、こんな、」
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