強請る

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 答える私の声は滑稽なほど上擦っている。実際、彼にも滑稽に聞こえたのだろう、ふっと笑みを落とした。 「ああ、縛っとかないと危ないかなって」 「え、あ、危ない?」 「あんた、アルファでしょ」  言い当てられて、言葉を失った私を嘲るように、追い立てるように、冷めた声が紡がれる。 「急に発情して、きっとからだが追いつかなかったんじゃないかな。倒れたんだよ、路上で。周りに他のひといなかったし、急に雨降りだしたし、さすがに放置しておけないから、いちばん近くにあったホテルに担ぎ込んで、今」 「そう、なんだ……ありが、と、う」  口にした謝辞がひどく拙くなったのは、眩暈、動悸、手足の痺れ、果たしてどれのせいか。目を合わせて言葉を交わす、それだけなのに、一音発するごとにからだの奥の奥がおかしなほど熱をもっていく。  甘い匂い。     これはなんだ。私の足りない語彙力ではとても形容できない、ふしぎな香り。  今までの人生に嗅いだことのあるすきな匂いたちをすべて練り込んだような、安心するような、懐かしくて愛おしいような、なのに新鮮でみずみずしくて、くらくらして、どきどきして、ぞくぞくする。  どこから香ってくるのだろう。彼の至るところから香っている。鼻腔を刺激し続ける匂いに思考が滲んでいく。  特に首筋から強く発せられているように思った。そこに顔を埋めたい。思い切り吸い付いて、噛み付いて、肌理のよい白い肌に痕を残したい。ほかの誰も、驚き呆れて彼に触れようとしなくなるほどに鮮明な、いつまでも消えない私だけのしるしを。  頭のなかで理性が砂嵐に吹かれてぼろぼろに削れ、消し飛んでいく、そして代わりに今まで出会ったことのない強烈な欲望が剥き出しになっていく。  たしかに私の第二の性はアルファだ。この世界の住人は皆、十歳のときに学校で検査を受け、第二の性が判明する。私は十年ちょっと、アルファという性と付き合ってきた。  けれど。けれど。こんな経験はじめてだ。  こんなの、知らない。どうすればいいの。誰か助けてほしい。誰か。  手を伸ばせば届くほど近くにいるのに、拘束をほどけないから、触れられない。  助けてと縋りたい。あるいは押し倒したい。  どうすればいいんですかと喚きたい。あるいは声が枯れるほど啼かせたい。  手を伸ばしたい、伸ばせない。
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