きっとロンドンで

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「かおり、ここ、あと1か月で辞めるって本当か?」  控室で預金残高の0の数を数えていると、店長が靴音を派手に鳴らしながらやってきた。重そうなリュックサックを勢いよく下ろした店長は、私に、お疲れ様です、と言い切る隙を与えなかった。 「はい。本当ですよ」 「まじか」 「はい」  店長は、眉間にしわを寄せると、腰に手を置いた。そのまま視線を宙にさまよわせる。そういうことは事前に俺に相談してくれないと困る、と天井のシミに向かって呟く。  私には、すみませんでしたあ、と声を張り上げ、相手に微笑を誘ういい加減さが、少し足りない。  店長は、煙草を口先にくわえると、喉ぼとけまでぐびぐび動かして、思い切り咳き込んだ。こんなもの吸えたもんじゃあないな、と口に出す。  いつになったら、店長は、煙草に慣れるのだろうか。  ふと、店長の視線が止まった。その先には壁に立てかけてあった私のギターケースがあった。 「あれか?えっと…イーロンだったか、ウーロンだったか…」 「アーロンです」 「そうそう、それそれ。そいつのところにセッションしに行くんだろ?」  返答するまでに数秒を要している私の頭の中で、店長の、セッションしに行くんだろ?と言ったときの口の動きが繰り返される。それは、セッションの意味が分かっていない人の口の動きだった。それにも関わらず、必死に話を合わせようとするのは、きっと店長なりの優しさで、私はただただ居心地の悪さを感じた。 「今日もギター、練習しに行くのか」 「はい、腕、なまっちゃうんで」  今日、結構雨降ってるぞ、と続けた店長の笑い声を無視して、私は黙々と帰り支度を進める。アーロンとのセッションが、目前に迫っているというのに、休んでいる暇などない。 「お先に失礼します」 「うい、風邪だけはひくなよ」  外に飛び出した私は、想像以上の豪雨に驚いた。  急いで、ワイヤレスイヤホンを耳に差し込む。  耳障りのよい声が、私の中に入ってくると心が落ち着く。  私は、傘にギターケースを隠すと、雨の中を駆けて出していった。
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