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アルマンドを6本、身体に注いだのに、酔いが回っていないのは、私がアーロン貯金を貯め終わったからに違いない。
不快な雨の音は、アーロンのシャウトによって、かき消される。
アーロンとセッションができる!
頭の中は、そのことで、いっぱいになって、ギターケースを抱える腕の力をさらに強める。
ふと、後ろから肩を叩かれた。
「よう」
振り返った先には、傘を差して、重そうなリュックサックを背負った店長が、ぱんぱんのレジ袋を片手に仁王立ちしていた。
「店長?」
「とりあえず卒業おめでと、まあ、決起集会というか、少し話でもしないか」
流石に部屋に連れていくことはできないため、二人で近くの公園のベンチに腰かけた。
ベンチの頭上には、屋根があって、私たちは、傘をさす必要がなかった。
歓楽街から離れた夜の公園では、水たまりに雨粒が、ぽつぽつと落ちる音しか聞こえない。
缶コーヒーの輪郭をなぞっていると、店長はおもむろに口を開いた。
「いつ、ロンドンに飛ぶんだよ」
「明後日です」
「はっ?明後日?急すぎないか?もう少し………」
「全然、急じゃないです」
私の語尾が強まったせいか、しん、とした空気が一瞬流れる。
"お兄さん"と声をかけるには、ためらいを覚える店長と私との接点は、同じ場所で働いていることくらいしかなく、この沈黙を打ち破る新たな話題が思いつかなかった。
雨足がさらに強くなる。私は、口いっぱいに菓子パンを押し込んで、思い切り咀嚼した。
店長は、煙草に口先にくわえると、数秒後には咳き込んでいた。こんなもの吸えたもんじゃあないな、と呟く。
「なんで、店長は煙草、吸うんですか?」
「ああ」
「ああ、じゃなくて、なんで煙草、吸ってるんですか?苦手ですよね」
「それは………別の人間に生まれ変わることの苦しさを味わうためかな」
なんですか、それ、と突っ込んだ私の声は、菓子パンと雨の音にかき消された。けれども、この話題を皮切りに店長は、私に対してぽつぽつと間を縫うように質問しだした。
「かおりって何か好きなものあるのか?」
「アーロンです」
「いや、違う、いや、違くはないけど、それ以外で何か好きなものはあるのかっていう意味で」
「アーロンです」
「ところで、かおりってほんとににアーロン好きなのか?」
「だから、さっきからずっとそう言ってますよね」
「好きだったら、普通、恋人になりたいとか、結婚したいとか、そういうこと考えるんじゃあないのか?」
「それは………その」
「大体さ、事情が事情なだけにさ、政府に申請してみたらどうなんだ。助成金出してくれるかもしれないだろう」
「うっ」
「そもそも、セッションっていうのがふわふわしてないか?なんか曖昧っていうかさ」
「あの」
「てかさ。違ってたら、謝るんだけど、アーロン、もう死んでね?」
もう死んでね?という言葉が私の胸の中で反響する。
もう死んでね?という言葉が身体の内側に張り付く。
指先がどんどん冷えていく。
「あのっ!なんか、いろいろ言ってますけどっ!私、絶対、ロンドン行きますからっ!大体、店長に何も関係ないでしょ!」
「関係あるさ」
店長は、私のセリフにかぶせ気味にしゃべる。
「だって、俺は、かおるの父親だからな」
は?父親?かおる?
混乱する私をよそ目に、店長は、ギターケースに手をかける。そのまま弦のついた細い部分を持つと、斧みたいに振り上げた。
店長は、全部、俺のせいなんだ、と呟くと、勢いよくギターを振り下ろした。
ギターは、世界が終わるみたいな音を立てて、はじけ飛んだ。胴体の部分が、真っ二つになっている。
え?
ますます混乱する私を横目に、店長は、大きなリュックから流れるように真っ白な箱を取り出した。それが、遺骨を納める骨壺だと気づくのに時間はかからなかった。
視線が交錯する。
「かおる、俺は、もう逃げない」
その時にようやく思い出した。
なぜ、忘れていたのだろうか。私が、女ではないということを。
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