0人が本棚に入れています
本棚に追加
「もう、行くのか?」
突然立ち止まった父が発した言葉は、哀愁を帯びていた。
「ただいま」をしたばかりだというのに。
私は、一度、身を翻して、父の正面に立つ。窓の外では、青空に白い綿の尾を引いている航空機が飛んでいる。
「心配しないで、ロンドンじゃなくて行くのはインドだから。」
だってインド行くと人生観変わるって言うからね、と続けると父は笑い声をあげた。じゃあ、今日はインド日和だな、と言葉を返され、意味が分からず、私も笑った。
じゃあねと手を振った私に、じゃ、と父も手を振り返す。
その光景が、ずっと脳裏で繰り返しているのは、救いようのなかった私に、答えをすぐに求めないという優しさをくれたからで、それ以外の何物でもなくて、溢れ出す何かを、自分のところだけで押さえこむなんてできなかった。
「お父さん!」
姿が見えなくなってしまう前に、私は、声を張り上げた。
「行ってきます!お父さん!」
再び父の足が止まる。身をこちらにゆっくりと向けた。
「かおる!楽しんで来いよ!」
最初のコメントを投稿しよう!