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僕は、家ではほとんど口をきくことがなかった。両親には、大学受験を控えて神経質になっているのだと思われていたかもしれないが、そういうことではない。親にうんざりしていたのだ。狭い田舎の町で特定の人間とだけ付き合い、教養もなく、長々としゃべっているのは、つまらないうわさ話ばかり。
「五丁目の山本さんが階段から落ちて捻挫したんだって。」
「クリーニング屋さんが新しい店員を雇うらしいよ。」
高校生男子にはまったく興味のない話題だ。とても付き合っていられない。かといって、自分から話しかける気にもなれない。学校で友達と話すアイドルのことや勉強のこと、スポーツのことなど、親に話したって通じそうもない。いや、通じるとしても、話して楽しくはないだろう。
どんどん話すのがおっくうになり、聞かれたことに返事をするのがやっと、挨拶さえ面倒になっていた。
朝起きれば無言で洗面所に行って顔を洗い、テーブルにつけば黙々と朝食を食べて、終われば立ち上がる。学校に行くときも、帰ったときも玄関をそっと開けてそっと閉める。「行ってらっしゃい」、「お帰り」と声をかけられないよう、気配を消していた。
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