選択のテーブル

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店内に漂う空気は、現実と幻想の境界が曖昧になる不思議なものだった。時の流れそのものがこの場所に縛り付けられ、すべてが穏やかに、しかしどこか重たく感じられる。外の世界から切り離された孤独と安堵感が、ユージィの心に同時に降り注いでいた。 「いらっしゃいませ。わたくしどもの“D-SIDE”へようこそ」 いつからそこに居たのかまるで気配を感じさせぬ程、ユージィの背後に立つ声が、その静寂を優しく終焉させた。 ウェイターは白いシャツに黒いベスト、黒のズボンと黒の蝶ネクタイいうテンプレートないで立ちではあったが、オールバックに撫でつけられた銀髪は店内の灯りを受けて輝き、髪色と同じ銀色の瞳はどこか虚ろな感じで寂漠とした光を放っていた。 彼の声は控えめで、それでいてどこかしら響く余韻があった。ウェイターはユージィを穏やかに見つめ、「こちらへ」と彼をさほど広くはない店内の奥まった席へと案内した。 「当店にはメニューがございません。お客様のためだけにご用意する一皿を、私どもが心を込めてお作りいたします」 その言葉は、古の儀式のように厳かで、それでもどこか親しみを感じさせた。ユージィはただ静かに頷き、その場に身を委ねることにした。何かが始まる予感が、彼の胸に静かに、しかし確かに響いていた。 「メニューはございませんが、どうぞご安心ください。お客様に相応しいお料理をお作りいたしますので」 ウェイターの言葉は、やはり優しげでありながらもどこか奇妙な響きを持っていた。ユージィは何も言わずにただ頷き、黙ってテーブルの上に音もなく滑るように置かれたグラスの水を口に含み、真っ白なナプキンを手に取った。 暫くして、ウェイターは一枚のプレートを運んできた。そこには前菜が美しく盛り付けられている。鮮やかな緑色の葉物野菜と、薄く切られた緑黄色のベジット、それに程よい量のハッシュサラダが添えられている。ユージィはフォークを手に取り、一欠片を口に運んだ。 料理は素晴らしかった。しかし、その味わいはどこか懐かしく感じられた。子供のころに食べた母親の手料理を思い出させるような、ほのかな温かみが感じられた。でも、先程ユージィが席に案内され、ウェイターが厨房のほうへ下がってからまだ幾らも間が経たない。料理が運ばれてくるのが早過ぎはしないだろうか。それに、この懐かしい感じの味わいは……
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