選択のテーブル

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「いかがでございますか。お口に合いましたでしょうか」 ユージィが顔を上げると、ウェイターが静かに微笑みながら立っていた。その言葉は、まるで彼の疑問に答えるかのように自然に響く。 「これは『過ぎし時の花香るパストのアントレ』でございます。お客様のお味の好みに合う一品なのではないかと。私どもは、ここでお客様に寄り添った料理をお作りしております。お客様はたいへんに穏やかで素敵な思い出をたくさんお持ちでございますね。淡い色調ながらも素晴らしい輝きを保っていらっしゃる。このアントレは、その思い出のお味そのものなのでございますよ」 ユージィは驚きと戸惑いが入り混じった表情を浮かべた。 「僕の……思い出?」 ウェイターは鉄面のように表情ひとつ変えずに頷いた。 「左様でございます。ご両親やご兄弟と体験した出来事、幼き日にご友人と触れあいそして感じた感情。それらを一皿に反映しております。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください。次のお料理はただいまお作りしておりますので」 ユージィは再びフォークを手に取り、前菜を味わいながら、遠い記憶を手繰り寄せた。子供のころ、家事が好きな母がキッチンで忙しそうに料理をしていた姿と仕事一筋で実直にして無口な父がリビングで新聞を広げている姿、でいつも、やんちゃで泣かされたこともあったが心根は優しかった兄と一緒に過ごした穏やかな時間……。 彼は前菜を口へ運びながら、小学校の時のたわいもない悪ふざけで友だちと盛り上がっていた日々を思い返していた。 前菜を食べ終えると、ウェイターは無駄のない完璧な所作で次の料理を運んできた。メインディッシュなのだろうか。 「こちらは『アンユニティのソース掛け ~カレント風コンフィレ』でございます」 運ばれてきたのは豪華なステーキ料理と、それを彩る様々な付け合わせだった。ユージィは何かが心の奥に引っかかった。そして、テーブル上のナイフを取って再び食事を始めたが、口に運んだ瞬間、 「これは……」
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