選択のテーブル

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選択のテーブル

夕闇が街の隅々に染み渡り、辺りを重い漆黒の帳が包み込む頃、ユージィは足の行方を定めることなく、ただ心の中の不安を振り払いたい一心で、無意識のうちに街路を彷徨していた。 秋の風はどこか冷たく、それでいて優しく、彼の頬を撫でてはすぐに去ってゆく。ビルの窓に反射する夕焼けの名残も、次第に失われ、夜がゆっくりと街を支配しつつあった。 歩を進めるたびに、街の景色は微妙に歪み、彼の記憶にあるいつもの道とは違った様相を見せ始めた。まるで現実と夢の狭間に引き込まれていくかのように。ユージィの視界は彼の現状を表すかの如くぼんやりと霞み、明確な目的もないまま無意識のうちに誘われていた。人々が行き交い、日常を営む中で、彼はただ一人、その流れに逆らうかのように足を進めていた。どこに向かっているのかも分からなかった。 ユージィはふと足を止めた。 “D(ディ)SIDE(サイド)”。 目の前に現れたのは、一軒の小さなレストラン。その扉の上には控えめに書かれた看板が掲げられていた。古びた木製の看板は、長い年月の流れを物語るかのようにわずかに色あせているのが神秘的な魅力を醸し出していた。 ユージィはこの喧噪絶え間ない街に幾度となく立ち寄ったことはあったが、店の存在は今この瞬間まで世界に隠されていたかのようだった。通りを行き交う人々も、このレストランの存在に気づいている様子はなく、取り立ててこの店に入る理由を見つけたわけでもない。それでも、ユージィの心には不思議な確信があった。 ―ここに足を踏み入れるべきだ、と。 それでも扉を開ける瞬間、ユージィは一瞬、ためらった。が、一抹の迷いは静かに打ち寄せる波のように消え去り、手は自然と扉を押し開けた。かすかな軋み音と共に異空間への入り口が開かれる。 柔らかな灯りが、外の冷たい闇を一瞬にして飲み込み、彼を内部へと迎え入れた。 レストランの中は外の世界とは全く異なる、奇妙な静けさに包まれていた。シャンデリアが天井から吊り下がり、ほのかな橙色の光をぼんやりと投げかけている。テーブルはアンティーク風の木材で統一されており、その表面には年月が刻んだ滑らかな手触りが感じられるだろう。壁には古びた油絵がいくつか掛けられ、その絵画は意味を問うことすら無意味に思えるほど抽象的であった。
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