ビヨンド・ザ・ムーン

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「地球は青かった」  先人の言ったこの言葉は本当だったのだと、宇宙服越しに痛い程実感する。薄い灰色の雲が渦を巻き、深い青色の海と複雑な色の大地を覆っている。人工的な光は微かにも見えない。丁度、子供のころに金魚を入れていた鉢の底のビー玉と似ているように思える。月に一人置いて行かれたという、この悲惨な状況さえ取っ払ってしまえば、まさにロマンティックといえるような光景である。 誰が悪いという話ではないが、強いて言うなら私が悪い。うとうとしながらロケットの点検をしていた結果、誤って地球に帰るための操作をしてしまい月に一人取り残されてしまった。元々抜けている性分なのは自覚していたが、ここまでの失態は『抜けている』なんて可愛らしい表現で誤魔化しきれない。愚か者と言ったほうが適当である。一週間という短期間での月面調査とそのレポートを製作する軽い任務であった為、同行者がおらず迷惑を掛けなかったことは、良心の呵責に襲われずに済むという点では良かった。しかしそれ以外は何もよろしくない。うちの上司が私の失態に気付いてロケットを送り返してくれるまで早く見積もって三日かかる。それまでこの灰色の大地で、孤独と仲良しこよししながら過ごして生き延びていかねばならない。携帯してきた水や酸素、装備が十分にあるとはいえ、何が起きるか分からないのが未知の領域というものである。月で船を漕いでくたばりました、なんて尊い命を紡いできてくれたご先祖はおろか末代までの笑い話である。重い腰を上げて、地球とは違う重力に縛られてふわふわと歩き始める。胃袋が空しい悲鳴を上げたからだ。こんな有り様でも月の知識はある程度頭に詰め込んできたのだ。生き残って見せよう。あてはあるのである。
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