「首巻き」

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 「もう、落ち着きました?」 「ああ、大丈夫。すいません、驚かせましたね。いや、普段の季節に、アレを見るなら、問題ない…んですが、まさか、こんな時期に見るとは…不意打ちでした。 地面に膝をつき、夏場とは言え、額に玉のような汗を浮かばせた“取引先の人物”はどうにか愛想笑いを繕う。 大学のキャンパスは、いつの時代も“奇抜な変人”で溢れ返っている。社会に出て、自身の生き方を確立される前の数年間…何者でもない、自由を謳歌したいと言う願望をストレートに表現するのだ。 その代表として、猛暑の屋外で、首にマフラーを巻き、 後は下着のみの“前衛アートの塊”みたいな、美術科の学生とすれ違った時、大学職員の“N”が、悲鳴を上げながら転倒した。 その理由が、以下に続く、彼の体験である…  Nは、大学に就職するまで、バイトで警備員をしていた。採用に当たり、住所確認がいらない、この会社では、路上生活者、多重責務者など、様々な人が働いていた。 入社当初は、彼等とのコミュニケーションに難儀したが、たまたま一緒の現場に入った“S”と言う年の近い先輩が、彼の面倒をよく見てくれたおかげで、仕事がしやすくなったと言う。 Sはスポーツやキャンプ、釣り、昆虫採集など、多彩な趣を持っており、それに関わる広い交友関係の輪にNを誘い、何度か行動を共にした。 仕事以外は、全て遊びの予定を入れているのではないかと思われる程、彼は常に忙しそうに活動していた。 後にわかった事だが、Sは離婚し、慰謝料を稼ぐため、通常の仕事とは別に、警備員をしていた。 原因は彼のDV(家庭内暴力)と言う噂があった。 「これは、Sさんと遊んだりして、わかったんですが、ふざけ半分の暴力?が多くて… 本人は軽くこづいているつもりなんですが、ガタイもいいし、力もありますから、けっこう痛くて… そりゃ、すぐに謝ってくれますよ。でも、何ていうのかな…ドラマとかで見る、奥さん叩いた後、泣きながら謝ったりするアレにそっくりですから。DVの話は多分、ホントの事ではないかと」 やがて、釣りやキャンプなどでも、Sの暴力、残酷な面が見えてくる。 「多分、裁判が彼にとって、どんどん悪い方向に向かっていったんですよね… そのストレスをぶつけるように、仲間を海に落としたり、キャンプで虫を踏み潰して、 殺してました。普段と変わらないテンションでやるから、怖くて…段々、疎遠になりました」 しかし、距離を置いたとは言え、仕事では顔を合わせる。Nが嫌がっても、 Sは、いつも通り、遊びに誘い、本気か、冗談とも言えない言葉を口にしていく。 「蛇をよ、捕まえてぇんだわ。わかる? N君、あれさ、グルグル回すと、体がポキ、ポキって、鳴って、マジ楽しいから。 えっ?その蛇どうなったって?地面叩きつけたら、動かなくなったから…多分、死んだんじゃね? てか、もう何匹も殺してるから、いちいち、確認とかしてねぇし、よくわかんねぇよ。ハハ」 夏のある日の事だった。 その日は山間の工事現場の警備、崖沿いの道路舗装に対する交通誘導業務… NとS、共通の遊び仲間の同僚が業務についた。山合いとは言え、交通量が予想以上に多く、彼等は休憩をこまめにとり、交代で勤務を行っていく。 暑さで疲弊するN達と違い、Sは何だか機嫌がいい。理由は聞くまでもなく 「蛇いねぇかな~?蛇」 と楽しそうに呟く事から察せられた。そして、Nが休憩に入るのを確認すると、山歩きへの同行を提案してきた。 これまで何度も誘いを断ってきたため、拒否は無理そうだ。何より “口角は上がっているが、目元は決して笑っていない” Sの顔は、同行を拒む余力を消すには充分だった。 どうせ、休憩はすぐに終わる。短時間の付き合いならと、工事によって、切り出された荒地から山の中へ足を踏み入れる。 「おっ、見てみろ。N君、俺等と同じような先客がいるみたいだぞ?」 入ってすぐに、踏み潰されたようなカブト虫の死骸が目に入る。 「あっちには、焦げた鼠!ハハ、俺がBBQのバーナーでやったのと同じだ。爆竹で飛ばした蛙、ガキの頃、よくやったよ~。ハハ、皆、同じような事考えてるんだな。共感、共感」 N達が進む足元には、虫や小動物の死骸が次々と現れていく。歓声を上げ、それらを念入りに踏み潰し直す先輩の背中に思わず声をかける。 「戻りましょう。Sさん」 「へ?何で」 「だって、可笑しいでしょう。何で入ったばかりの山に、こんな死んでるのが、いっぱい転がってんすか?絶対ヤバイです。 変質者とかいたら、どうするんですか?仕事行きましょう。仕事」 「そーおう??えーっ、残念だな。じゃぁ、行く…おおっ!?」 歓声を上げるSの声に、Nは戻りかけた足を止め、視線を動かす。 「蛇だ。N君、蛇がいるぞぉおおお!」 大声で喜びを表すSの足元には、ネットで見た、蛇の巣が…頭の裂けているモノ、潰され、まっ平になった頭、皮膚が切り裂かれ、中身が出ているなど、全て生きている筈のない蛇達が犇めき、絡み合い、動き回っている。 それらが一斉にひしゃげた鎌首をもたげ、こちらを見た瞬間、NはSを置いて逃げ出す。 「どーしたの?N君?ちょっと、ちょっとおおおぉお」 追いついたSと一緒に、現場へ戻り、今見た事を整理しようとしていると、警備の順番が回ってきた。 ふらつく足を進める彼の背に、休憩に入る同僚の声が聞こえてくる。 「あれ?Sさん?それネタっすかぁ?この暑いのに、マフラーなんて、巻いて…それも色ドギつー」 「あ?何言ってんだ?お前」 「あれ?気のせいかな。すんませーん、休憩入ります」 Nは振り返る事なく、どうにか業務を行い、警備の仕事を終えた。 その日の内に、Sは自室で死んだ…(終)
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