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「私、前世の記憶があるんです。ちゃんと覚えているんです」
突然眼の前の少女がそんなことを語りだすものだから、戸惑ってとりあえず空を見上げてみる。信じられないほどに眩しい空だった。
「あ! ちょっとどこ見てるんですか? ちゃんとこっち見てください!」
そう言いながらガッシリと頭を掴まれる。可愛らしい見た目に反して意外と力が強く、思わず苦笑いをこぼすと慌てたように彼女は謝罪を始めた。
「うわごめんなさい! ちょっと力入れすぎちゃって……痛くないですか?」
心配するな、と伝えると途端に瞳をキラキラと輝かせながら、良かった良かったと今度は俺の頭をなで始める。俺、もう成人済みの男なんだけど。と伝えようにも、あまりにもニコニコ、ニコニコと嬉しそうに撫でてくるものだから止めることも出来ない。
大きな木が一本だけ生えた原っぱで、どう見ても十三、四歳くらいの少女に頭を撫でられる俺。想像しただけで恐ろしくなる絵面である。頼むから俺にこれ以上罪を背負わせないでくれ。そう願いながら少女を見上げると、彼女はゆっくりと語りだした。
「前世の私、自分で言うのもあれなんですけど、結構なお嬢様だったんですよ。家にはお手伝いさんがいて、小さい頃から許嫁も決められてて、家のために生きていくのが当然。女学校の同級生も皆そういう感じだったから、自分の人生に敷かれたレールからはみ出すことなんて考えたこともありませんでした」
そこまで言い終わると、彼女は先程までのキラキラした少女の顔をどこか遠くに置いてきたようにふっと笑った。
「今の世の中からすると、考えられないですよね。けれど、当時の私にとっては仕方ないことでした。そう、あなたに出会うまでは」
ぐっと頭を持ち上げられ、かつて瞳があった場所を覗き込まれる。
「ずっとあなたを探していたんです。これまであなたの行方を追って、たくさんの死体や骨を見てきました。でも初めて、不思議とあなたが何を考えているか伝わってくるんです」
ポロポロと彼女の頬を伝う涙を拭いたくても、もう拭う指も無い。白骨になった指は自力で持ち上げることも出来ない。
俺がこんなにも人里離れたところに打ち捨てられなければ、彼女をこんなにも長く自分に縛り付けることも無かっただろうか。いや、そもそも俺と彼女の関係を知った彼女の許嫁の呼び出しになんか安易に応じなければ、あの時命を落とすこともなかったかもしれないのに。後悔ばかりが思い返される。ただ、幸せでいてくれたら良かったのに。
「あなた無しの幸せなんて無いんです。だから幸せになるためにあなたを探したんです。それだけです」
見透かしたように彼女は微笑む。前世からずっと後悔していた。仕えていた屋敷のお嬢様である彼女と恋に落ちたことで、彼女に要らぬ苦しみを味あわせたのではないのかと。後悔にとらわれて、気づけばこの場所から動けなくなっていた。
それでも、俺無しでの幸せはありえないと彼女が言ってくれるのであれば。
『俺もすぐに生まれ変わります、必ずあなたに会いに行く。今度はこの姿ではなく、ちゃんとあなたを抱きしめられる姿で』
「……待っています。いつまででも」
遠くない将来、必ず再び巡り合う。お帰りなさいと微笑む彼女の顔を思い浮かべながら、ふっと意識が軽くなるのを感じた。
「ただいま、帰りました」
幼い頃から何度も何度も思い浮かべた背中に大声で呼びかけると、キラキラの瞳がこちらを振り向く。全速力でこちらへ向かう彼女を抱きしめるために、俺は精一杯腕を広げた。
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