ずっと、ずっと死んでない

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 私は、黒板の「夢」という文字が、消されるのを頬杖で眺めていた。  西日が教室にやわらかく降り注ぐ様は、ロマン主義の画家ドラクロワの劇的な色彩表現を彷彿とさせる。  教室は、ゆるやかな騒音に満たされていた。  ふと、後ろから肩を叩かれる。ねえねえ、と配慮のない声に振り向く。声の主である瑞希(みずき)が、眉を下げ、口を大きく開いている。 「ねえ、あき?生活作文書くとか、まっじでだるくない?しかも、テーマ『将来の夢』って。私たち、まだ中学生なんですけど~。そんなもんあるかー!」  そうだね、と答えながら、私の意識は教室に紛れ込んだ一匹の蝶々に飛ぶ。羽のふちの黒い模様を目で追っていると、今度は瑞希の視線が私のノートに向いた。 「あー!また、絵描いてるじゃん!なにそれ~?ちょうちょ~?かわいい~!」  私は、その時になって、初めて自分が先ほどの蝶々を描いていることを自覚した。  思い切りノートを閉じ、瑞希を睨む。 「え~何で閉じちゃうのー!めちゃめちゃ上手だったのに」 「そういう問題じゃない!」  ほんとに上手かったのになあ、と独り言をもらす瑞希に対して、言い返す言葉を考えたのだけれど、それは喉の奥の方に突っかかって、大気中に繰り出されることはなかった。  本当にうんざりする。  無意識に絵を描いてしまう自分に。  机のざらざらとした表面に指を這わせていた瑞希は、何か面白いことを思い出したかのように、声を張り上げた。 「あき、画家になればいいじゃん。ほら『将来の夢』!」  画家?画家だって?  ふざけた響きをした二文字に、怒りを通り越した呆れの感情が、頭の先からつま先まで支配する。  そんな私にお構いなく、瑞希は、だって絵ちょー上手いし、と何度も同じ様なことを呟く。  本当にうんざりする。  私が画家なんかになるわけないのに。 「ごめん。ちょっとトイレ」  椅子を引きずって、席を立つ。  あっ、ちょっとまだ話、終わってないよ~という瑞希の台詞は、教室内の騒音にかき消されて、消えていった。
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