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昼から降り始めた雨は午後には上がる。
そんな天気予報を信じて、講義を受け終えた俺達は、大学の食堂で時間を潰していた。
食堂の中庭を一望出来るガラス張りの位置からは1番遠い角の4人掛けのテーブルは、今迄俺の指定席と化していたが、ここ1週間の間に賑やかなものになっている。
「ねぇ、いっちゃん、ココ寂しない?」
テーブルにメロンソーダを置きながら、俺の隣に座る同学年、美人の無駄遣いがしっくり来る佐々木 実紗(20)が悪意なく発言した。
ホットコーヒーをひとすすりして、俺はドヤ顔になり、この場所には確固たる理由が有る事を告げようとしたが、正面に座る同学年……と言うには祖父母程も年の違う白井 健(67)に先を越される。
「この場所、空調具合が絶妙なんですよ。食堂真ん中辺りは効きすぎですし、見晴らしの良い窓際はちょっと弱い。特に夏場は顕著だと思いますよ」
俺は言いたい事を全て言われても、なおドヤ顔で佐々木見た。
「ふ~ん」
予測通りの反応の薄さ。
普通は仲間と楽しく過ごせれば多少の空調具合など、どうでもいい事なのだと思う。
そう言った意味で佐々木が空調を気にしない原因は、俺達と言う事でいいんじゃ無いだろうか。
「そう言えば、この間の登山行けなくてすいませんでした。お二人は楽しく登山できました?」
思い出したように、目を泳がせながら白井さんは謝罪と様子伺いをして来た。
つい2日前、佐々木と白井さん3人で登山するはずだった事についてだ。
この事については、白井さんには確認したい事があった。
「本当は白井さんと佐々木は知り合いじゃないですよね」
さして糾弾するつもりも無いが一応問い詰めてみる。
白井さんと佐々木が共通の知り合いであると言うことが、初対面の佐々木の登山の誘いを受けた理由だった。
白井さんは、緊張の面持ちで俺の隣に居る佐々木に分かりやすく視線を送った。
「白井さん、もう大丈夫です。ごめんなさい」
佐々木の言葉に白井さんは俺に頭を下げた。
「ごめんなさい。面識の無い野口くんを登山に誘いたいからって、知り合いのフリを頼まれました。体調不良で欠席は嘘です」
こちらが罪悪感を感じてしまう程の謝罪ぶりの白井さん。
開き直った感の有る佐々木。
「体調不良が嘘なのは、ビデオ通話で丸分かりです。嘘ヘタ過ぎです。後怒って無いです」
俺は白井さんの気持ちを軽くする為、努めて明るく伝えた。
苦笑いの白井さん
「結局どんな感じになりました?」
「楽しかったですよ。ね、いっちゃん」
身を乗り出して答える佐々木。
俺の名前、野口 一正を会って1週間程でいっちゃんと呼ぶ距離の詰め方は舌を巻く。
記憶が正しければ、恐らく野口くんと呼ばれたのは4回だった筈だ。
登山の時は既に『いっちゃん』だった。
そして、佐々木の楽しかったの発言を否定はしない、苦難の末の絶景は、他には得がたいものがあったからだ。
が。
「崖から落ちたりしましたけどね」
「落ちたんですか!?」
白井さんは目を丸くした。
「でも、いっちゃんが引き上げてくれたから全然大丈夫。」
佐々木は明るく言ってはいるが、完全に死にかけた案件だ。
正直、今思い出しただけでも震えが来そうだが、それでも登り切った時の絶景が最も心に残るのは、佐々木のおかげと言っていい。
彼女の呆れる程の切り替えの早さと、呆れる程の自由さが、登山の間中、俺を振り回し、魅了し続けた事で恐怖を希釈してくれていた。
でなければトラウマとしか言いようがない。
佐々木は崖に落ちて木に引っ掛かった事などを、2人のいい思い出話の様に嬉々として話している。
白井さんは苦笑いのまま聞き続けている。
「無事で何よりです。それで目的は上手くいったんですか?」
「ごめんなさい。白井さんに協力して貰ったのに振られました」
俺は山頂で自分を登ってみないかと、照れ隠しに登山ネタで想いを伝えてきた彼女をしっかり振ったのだ。
よっぽど以外だったのか、白井さんは驚いた表情になった。
「でも、諦めてませんから期待してて下さい」
明るく宣言する佐々木。
「そうですか」
白井さんのその言葉を最後に、暫くそれぞれの時間に浸る事になった。
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