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食堂のドリンクバーに着いたところで、やっと落ち着く為に息を吐き出す余裕が出来た。
コーヒーのお代わりを注ぎながら、ゆっくり息を吐き出す。
「すいません」
振り返ると、俺より少し背の高い童顔のかわいいと言う言葉の似合う男がいた。
「ちょっと聞きたい事があるんですけど、良いですか?」
「はい」
「あちらの女性は彼女さんですか?」
おっかなビックリの雰囲気で、遠くの佐々木を指した。
こんな時、本当に彼氏なら警戒感で不快な表情を見せたかもしれない。
勇気のいった質問だったろう。
「いえ」
「そうですか」
童顔の男は、本当に人懐っこい笑顔を見せた。
「彼女をサークルに誘いたくて、ちょっと借りても大丈夫ですか?」
「どうぞ」
あっさり答えた俺に、さらに嬉しそうな笑顔を見せると、お礼を言って小走りで佐々木の元に向かって行った。
佐々木が男の誘いに応じて席を立って、男のサークル仲間が集まるテーブルに移ったのを確認して俺はコーヒーを持って席に戻った。
まだ佐々木と顔を合わせるのは気まずかったからだ。
「佐々木さん、行きましたよ」
「ええ」
白井さんの何か言いたそうな視線を感じつつ、俺はコーヒーをすすった。
「多分、佐々木さんの事は少なからず好きですよね?2人の雰囲気見てて付き合う事になったと思ってましたから」
それで、振った話を聞いてあんなに驚いたのか。
白井さんは、普段どちらかと言うと静かで、おっとりした感じだが、今はやや圧を感じる言葉遣いになっている。
やはり歳を重ねた大人と言ったところかもしれない。
はぐらかせそうにない。
「彼女を受け止め切れるか解ら無くて」
「自分が傷つくから迷ってるって事ですか」
なかなか嫌な言い方をする。
「言われるまで、自分の事忘れてました。
どちらかと言うと彼女の泣き顔がチラついてた感じです」
白井さんはやっと俺から視線を外し、離れたテーブルにいる佐々木達に目をやった。
佐々木達は楽しそうに談笑している。
「呼びもどしましょうか?」
白井さん、この人は何を言い出すんだ。
「ややこしいから止めて下さい」
「鉄は熱い内に打て」
はい?
「何言ってるんですか?白井さん」
「覆水盆に返らず」
「何もひっくり返ってませんから」
この人、こんな感じだっけ?
「後悔しますよ」
「大袈裟ですよ。ただのサークルの勧誘ですよ」
「あの人懐っこい童顔の男にとっては、佐々木さんに言い寄るただの口実だと思いますけど」
この人、しっかり人を見てる。
「だとしても、今すぐどうこうなんて無いでしょ」
「そうでしょうか?」
「そのうち『ただいま』って軽く言って返って来ますよ」
「そのイメージは確かにありますけど」
白井さんはやっと矛を収めた雰囲気になった。
「大丈夫ですって」
俺が自分に念を押すように言った言葉で2人は、それぞれ再び自分の世界に浸った。
食堂に日がさし始めたのを合図に雨が止む。
コーヒーを読みながら読書にふけっていた俺は顔上げて、佐々木達のいるテーブルに視線を送った。
佐々木は童顔の男と楽しそうに話ながら、他の仲間と席を立ち食堂を出ていく。
「白井さん、帰りません」
俺の言葉に、白井さんは佐々木達を確認して何か言おうとしたが、帰る準備を大袈裟に始めて何も言わせなかった。
大方、追いかけろとでも言いたかったのだろう。
白井さんは観念したのか無言で帰り支度を始める。
俺達は家路に着いた。
大学を出た所で、いつもの感じで言葉を掛け合い白井さんと別れ1人歩き始める。
暫く進むといつもの、誰も信号を守らない横断歩道にたどり着いた。
車など通らない道。
赤信号で俺は止まった。
俺の横を次々と学生やサラリーマン、その他の人達が赤信号を渡って行く。
晴れ渡った空の下、自分達の道をしっかり歩いて行く様に見える。
置いて行かれる感じ。
今迄感じたことのない感覚、始めて俺は1人を感じていた。
佐々木のせいかも知れない。
ほんの僅かな間なのに、わずわらし位に視界に存在していたから。
佐々木はみんなと歩いて行けてるだろうか。
俺は1人赤信号を待ち続けた。
「ただいま」
俺は声のした右隣をゆっくり見た。
赤信号を見上げる佐々木。
「やっぱりかっこええわ、いっちゃん。誰にも流されへん」
佐々木は楽しそうに信号無視する人達を見送る。
「あっ、うっすい虹出てる。見てうっすいわ」
信号が青に変わっても気づかず、うっすい虹を見上げる佐々木。
「わずわらしくないから」
俺は言い放って、佐々木の手をしっかり握り、そのまま引っ張って横断歩道を歩き出した。
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