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謎⑦
識が注文したブラックコーヒーが運ばれてきた。受け取り店員に礼を告げると、若い女性の店員が軽く微笑んだ。
識はゆっくりとカップに口をつけ、一口づつ含む。この苦さが脳を覚醒させてくれる感覚がして好きなのだ。
「ブラックコーヒーがお好きなんですね~」
「朝倉……刑事はあまり飲まれないのです?」
「えぇ、甘党なものでしてね? 飲んでもカフェオレくらいですね」
「そう、ですか」
特に朝倉の趣向に興味はない。知り合って間もなく……その上でかつ不可解な事件の捜査協力。それも、友人が被害者である事を考えると、必要以上に会話をする気分にはなれなかった。
「私と話す気分にはなれませんか?」
「元々、そんなに話すのが得意じゃないだけです」
「そうですか。でも、そこは探偵さんらしく、情報を聞き出すのはお得意で?」
「仕事上、必要なスキルですから……」
「それは違いない。調べる……という点においてはある意味近いですからね、我々は」
「公務員と民間人という大きな違いがありますが?」
「それでも……ですよ。進藤さん」
「は、はぁ。そんなものですかね?」
全く読めない朝倉の挙動に、流石はプロだなと感心をしながらコーヒーをすする。ちなみに、朝倉はというとクリームソーダをおかわりしていた。
(店内が暖かいとはいえ、外に出たら寒いというのに……よく飲めるよな)
妙な感心をすると、識は早くこの微妙な空気から抜け出すためいつもより飲む速度を早める。飲み終えた頃には、朝倉もクリームソーダを飲み干しており、最初の宣言通り朝倉が会計を持つこととなり、二人は立ち上がりコートを着る。
そうして、朝倉がしっかり領収書をもらうのを観察しながらカフェレストランを後にした。
「今年は暖冬とはいえ、冷えますね~」
「まぁ……半分は飲み物のせいでは?」
「はは、それを言われるとぐうの音もでませんね。では、永沢さんとの待ち合わせ場所へ向かいましょうか」
「それは構いませんが……徒歩ですか?」
「えぇ、この付近に会社があるそうです。進藤さんはご存じなく?」
「いくら親友とはいえ、会社の位置まで把握してませんよ……」
「ごもっともですね~。まぁ、それじゃ行きましょうか」
朝倉と並んで歩く。刑事と被害者の友人が相棒関係というのは、複雑な心境になるが洋壱の事を考えたら今の状況は好機だと言える。洋壱の父との約束、仇を直接見つけ出せるチャンスがあるのだから。
そのためにも、まずは永沢と会うのが最優先事項だ。もっとも、彼と会って何か情報が新しく出てくるかは不明だが。
「そう言えば、進藤さんは左利きで?」
「そうですが……それが何か?」
「いえ、癖でついね? 気に障ったのなら失礼致しました」
「別に不快では……。右に腕時計を着けるのなんて左利きかもの好きかくらいのものですし」
「確かにそうですね~。あ、道はこちらです」
朝倉に誘導されながら、公園内を歩いて行く。目指すは洋壱の職場であり、永沢の勤め先である化粧品メーカーの会社だ。
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