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 七夕が過ぎ、今度は恭介と真一が悠士の教室に向かった。放課後になったら速やかに帰宅するように。担任の先生から念押しがあったのは、悠士が絡んでいるために違いない。  昼休みに六年二組の教室に着くと、既に悠士の席を五、六人の生徒が囲んでいた。 「悠士くん!」  席に座っている悠士と目が合い、恭介は真一と共にその輪に飛び込む。普段威勢の良い悠士が、今日はどことなく疲れた顔をしていた。 「昨日、放課後に残ってたんだろ。見たの? 幸せ犬」  恭介の言葉に周りも興味津々の目を彼に注ぐ。悠士は幸せ犬を探すと周りにも豪語していたから、彼らも話を聞きに集まったに違いない。既にクラスメイトに話を繰り返していたらしい悠士は、仕方なく口を開いた。その顔が今まで見たことがないほど強張っているのに、恭介も真一もみんなが気がついていた。 「……見た」  悠士の呟きに周囲はざわめいた。中でも恭介は特に興奮を覚え、矢継ぎ早に質問する。 「柴犬? コーギー? それとも別のやつ? そいつどこにいたの」 「うるさいな、恭介」  悠士に睨まれても今の恭介は怯まなかった。それでそれでと身を乗り出す恭介に、悠士は仕方なさそうに下を指さした。 「一階。二年二組の教室」  彼のクラスメイトが冷やかすように言う。 「悠士、二年の教室に隠れてたのかよ」 「悪いかよ、どこにいようが俺の勝手だろ」  すぐ逃げられるように一階を選んだのだと恭介も真一も気がついたが、話の腰を折らず黙っていた。 「職員室でこっそり鍵取ってさ、教室でチャイム鳴るまで待ってたんだよ。すげえ暑かった」 「犬、教室に入ってきたってこと?」  真一の台詞に、悠士は言い辛そうに「いや」と口をもごもごさせた。思い出すのも嫌な様子だが、周囲は知りたくてたまらない。観念したように、悠士は言った。 「ゴールデンだよ」 「ごーるでん?」 「ゴールデンレトリバー。デカい犬だよ。親戚が飼ってたから間違いない。チャイムが鳴って、どこから探そうかって考えてて振り向いたら、教室の前のドアが半分開いてたんだ」 「閉め忘れてたってことじゃなくて?」  真一の言葉に、「そんなわけあるか」とむくれた顔をする。「もし誰かが廊下を通りかかったら、教室が開いてるって気付かれるだろ。中に入った時、ちゃんと閉めたんだよ」  廊下の窓はすりガラスだから、見ただけでは教室に人がいるかは分からない。加えて悠士はきちんと教室の扉を閉めていたという。 「その開いてるドアの隙間を、犬の胴体が塞いでたんだ。金色の毛の長いゴールデン。それで声がしたんだよ。……鬼ごっこをしようって」  思い出して恐ろしくなったのか、悠士は顔を曇らせた。いつの間にか周りはしんと静まり返っている。 「何度も何度も繰り返してさ。でも後ろのドアから出たら絶対捕まるじゃん。だから窓から外に逃げたんだ。そんで先生に捕まった」 「そのとき、犬は」  恭介の言葉に、悠士は首を横に振った。 「先生と戻った時には、何もいなかった。でもドアは開いてたんだ。絶対犬がいたんだ。俺、聞いたんだよ、あの声」  先生は信じてくれなかったというが、恭介を含め誰もが幸せ犬だと確信した。悠士の青い顔は、そこにいる全員を納得させるに充分だった。
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