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「どこに行くんだろ」  真一が呟いた。 「さあ。もっと広い所で鬼ごっこをするつもりかもしれない」 「なら校庭でいいんじゃないか」  彼の返事に、恭介は首をひねりながらも頷いた。幸せ犬はとことこと学校の裏門を抜けて、目の前の緩やかな坂を上っていく。そこで逡巡したが、恭介たちは着いて行くことにした。学校の裏には小高い山があり、危険だから立ち入ってはいけないと親にも教師にもうんざりするほど言われていた。バレたら散々怒られるだろうなと思ったが、溢れる好奇心は抑えきれず、十二人はぞろぞろと山に踏み入った。 「あれって雑種?」 「雑種なわけないだろ。キメラだよ、キメラ」 「誰かが実験で作ったとか」 「てか雑種とキメラって何が違うの?」 「そういうんじゃなくて、妖怪だってば」  みんなが口々に憶測や疑問を飛ばし合う。幸せ犬は複数匹いるのではなく、あらゆる犬種の部位を持った一匹だった。気味が悪いが、短い足をぴょこぴょこ動かして山道を登る様子はそこらの犬の動作にしか見えないし敵意も感じない。いつの間にか恐怖感は薄れ、ただ興味の赴くまま、遠足のように山道を歩く。両脇からは木々が枝葉の腕を伸ばし、隙間を縫う夕刻の木漏れ日が地面に光の穴を空けている。暗くなったら帰れるのだろうかと、恭介の中にふと一抹の不安がよぎった。もしかしたら幸せ犬は、自分たちが帰れない場所まで連れて行って、夜を迎えさせるつもりかもしれない。そしてゆっくりと一人ずつ……。  恐ろしい想像に背筋が凍った時、犬は道を反れた。恭介が立ち止まると、すぐ後ろにいた春貴が背中にぶつかった。それも気にならないまま、突如現れた洞穴を指さす。  そそり立つ崖の足元に、ぽっかりと穴が空いている。まるで、漫画の旅人が一夜を明かす洞穴のようだ。暗い奥の様子は見えないが、幸せ犬は少し入ったところでお座りをして、こっちにチワワの顔を向けていた。そばには三角屋根の犬小屋がある。  全員、唖然と立ち止まったままその光景を見つめた。舌をぺろりと出した幸せ犬は、はっはっと犬らしい息を吐いている。 「幸せ犬は、飼い犬だったってこと……?」 「飼い犬って、誰が飼ってるんだよ」 「鬼ごっこをしよう」  恭介と悠士の言葉に反応するように、幸せ犬が言った。十二人とも身体を硬直させ、洞穴の中を凝視する。既に陽は随分傾き、真っ暗な穴の奥はほとんど見通せない。  それは暗闇からゆっくりと現れた。幸せ犬が飼い主を見つけたかのように、盛んに尻尾を振って足元に近寄る。  割れた腹筋、鍛え上げた両腕と両足、背の高い引き締まった体躯。黒いトランクスだけを身につけたそれは、ポメラニアンのつぶらな瞳で恭介たちを見つめていた。  人面犬という妖怪を、恭介はオカルト本で読んで知っている。犬の身体に人の顔を持つ化け物だ。ではこれは、犬面人とでもいうのだろうか。裏山の洞穴に住み、人間の身体に犬の顔を持つ、幸せ犬の飼い主。  幸せ犬がこちらを振り向いた。何だか笑ったように恭介には思えた。 「鬼ごっこをしよう」  ぎゃああと悲鳴を上げて全員が踵を返すと同時に、犬面人が走り出した。あの幸せ犬は、飼い主が鬼ごっこをする相手を、放課後の学校でずっと探していたのだ。小山の薄暗い獣道を絶叫し、何人かは泣き喚きながら必死に逃げた。  わたあめのようにふわふわな頭の毛をなびかせ、赤い小さな舌を出して、直角に曲げた太い両腕を振っている。張り詰めた丸太のような腿を上げ、全速力で向かってくる。一度だけ振り向いた恭介の眼前には、猛然と迫りくる犬面人の姿があった。
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