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男の忘れ物
男が帰ってからすぐに空がバイトから帰ってきた。同じようにコンビニでバイトをしていた圭吾も。
サッカー仲間の店に手伝いに行っていた秀が帰宅。バイトの代替要員でレンタルショップに出ていた湯野川も弁当を下げて帰ってきた。
「圭吾のコンビニに寄ったら、もう帰った後だったから、夕飯買ってきた」
売れ残りらしい弁当が5つ。
「ねえ、掃除の前に食べない?」
「そうですね。お腹減りました」
お腹を押さえる秀に圭吾もうんうんとうなずいている。
「そうだな。じゃあ、外のテーブルだけでも片づけるか」
樹はそう答えつつ、外に出ると、「あれっ」と声をあげた。手伝いに出てきた湯野川が何事かと顔を向けてきた。
「鞄? どうしたの?」
樹はバッグを抱え上げ、ハッとした。
「あの男のだ」
「何? お客さん?」
樹は困ったようにうなずいた。
「忘れ物?」
「そうらしいよ」
樹は秀達が話すのを聞きながら、バッグをテーブルに置いた。
「バッグを忘れるなんて、よほど急いでたんですか?」
「そうなのかもな。釣銭を取りに店に入ってるうちにいなくなってたんだ。そのあとは店で洗い物とかしてたんで、俺もバッグに気付かないままでさあ」
圭吾に答えた樹は「取りに来てもらってもいいんだけど。連絡先もわからないしなあ」とバッグの前面に付いたポケットに手を入れた。
何もない。
「中に何か入ってるかもよ」
「申し訳ないけど、開けてみれば?」
頭を寄せて来た秀や湯野川に樹も不承不承うなづいた。
ファスナーを引っ張ると、黒いものがあるのがわかった。
スポーツバッグだし、旅行鞄代わりとも思えるけど。服じゃないのかな? 袋に入れてバッグに入れるって、洗濯ものか?
そんなことを思いながら黒い厚手のビニール袋に手を置いた。
ビクッとなって手をはねのけた。
「何です?」
圭吾が不審そうにこちらを見て来た。横にいた空も何かを察知したのか眉根を寄せた。
「いや、なんだか」
平気そうに返したものの、嫌な感じが背中を走った。
手に触れた瞬間、洋服、それも洗濯をするために入れられた服だと思っていたものとは明らかに感触が違った。
「それ、袋だよね」
覗き込んできた秀も何かを感じたのか嫌そうに顔を歪めると、圭吾の方へと戻っていく。
袋をバッグから取り出そうとした手を止めてしまった樹の代わりに、湯野川が手を差し入れる。袋の底を持ち上げようとした瞬間、手だけを出すと、眉間に皺を寄せた。
「出さない方がいいんじゃない?」
それまで黙って様子を見ていた空が、樹と湯野川の側に来た。
空と湯川が黙ったまま、バッグに入れたまま袋の開け口を探る。
バッグの中から、袋の端が外に飛び出したように姿を現した。
中を覗いた空は「うっ」と息がつまったような声を上げ、側にいた湯野川も、見た瞬間、寄るなと言うように手を横に伸ばす。
樹はそれにかまわず、中を見た。
見なければよかった。
自分のとこに来たお客の忘れものだ。責任は自分にあるなんて、思わなければよかった。
「警察呼んで」
振り返った樹は、キッチンから出て来たマスターにそれだけ言うのがやっとだった。
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