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魂をよこせ
西暦2154年、春のころだった。突如、地球に悪魔が降臨した。なぜいきなりそんなものが現れたかはわからなかったが、それはたしかに生者すべての危機だった。
「われ、地獄より来たりたる悪魔なり。汝らの魂を欲する者なり」
そう悪魔は高らかに宣言した。悪魔は手始めに世界で一番栄えている都市に降り立った。そこはロンドン。彼はいきなり魂を集め出した。
「さあ、魂をよこせ!」
そう悪魔は叫んだ。都市のすべての人々に聞こえる声でだ。だが誰も驚く様子はなかった。みな平然と仕事をしているのだ。それを見ても悪魔は落胆なんかしない。科学技術が発達したこの世界で、古い精神世界の、しかもおとぎ話に出てくるようなモンスターなんかには驚かないのだと思った。しかし悪魔は実在するのだ。悪魔は力を使った。強引に魂を引っこ抜く力だ。
「おや?おかしいな…」
ごっそりとその手のなかに集まるはずだった魂がひとつもない。こんなことがあるはずはない。これはきっと神のしわざだと思った。神がこの都市を守っているのだと思った。なら答えは簡単だ。
悪魔は別の都市に行った。ニューヨークと呼ばれたそこは、ロンドンの次に栄えた都市だ。人も多い。さすがの神もここまでは手が回らないだろう。
「さあ、魂をよこせ!」
だがそこでも魂は集まらなかった。しかたなく悪魔は三番目に栄えている都市に向かった。東京と呼ばれたそこは、窮屈な場所に人がごちゃごちゃといるところだった。ここはごっちゃな宗教の国だ。ここなら神もいないはずだ。
「われに魂をよこせ!」
そう悪魔は叫んだ。だが魂はひとつも集まらなかった。
「なんでやねん!」
悪魔はそう叫び、消えた。未曽有の危機が去り、人々は安心したかというと、そうでもなかった。日常はあいかわらず繰り返され、そこにはなんの乱れもなかった。
人類が絶滅してはや百年が経っていた。人類とともにあらゆる生物、そして神までが絶滅していた。そのなかでまだ動くものがいた。それは人間の姿をしたドローンだ。戦争で人々が死に尽くしても、それらはまだ敵を捜し戦っていた。自動生産で無尽蔵に作られるそれは、淡々と戦い、破壊され、また生まれるのだ。ずっとこのさき、はるか未来まで…。
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