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ごく短い沈黙の後、オーナーは、知らん、と言った。
「知らん。茉莉花がどこに行ったかも、今何をしているのかも、俺は知らん。」
そのすげない言いように、若葉はさすがに鼻白んだ。でも、ここで引いては女がすたる、とばかりに、反対に身を乗り出す。
「噂、オーナーも聞いてますよね? 茉莉花姐さんがストーカーされてたって。それ、ほんとですか?」
するとオーナーは、今度はあっさり首を縦に振った。
「本当だな。」
「じゃあ、それから逃げるためにどっか行ったっていうのは?」
「知らん。」
「男がいて、そいつがこの近くに住んでるっていうのは?」
「知らん。」
あまりにそっけないな、と、若葉は肩を落としかけた。でも、若葉でも勘付いていることはある。オーナーは、茉莉花にご執心だった。それは、端から見ていた若葉にも分かるくらい。立場上、そして彼の性格上の理由でもあるだろう、決して茉莉花を贔屓したりはしなかったけれど、それでも、茉莉花が踊るそのときだけ、オーナー室のブラインドが開くことに、若葉は気が付いていた。多分、若葉も同じように茉莉花に執心していたから分かったのだろう。
「オーナーだって、気になってるでしょ? 茉莉花姐さんが急にいなくなったこと。姐さんはショーが好きだったから、飛んだりなんかしないよ。なにかあったんだよ、きっと。」
知らん、と、オーナーはまた言った。ただ、今度の、知らん、には、ため息みたいな色が含まれていた。しつこい若葉にうんざりしているのかもしれないし、もしかしたら本当は茉莉花についてなにか知っていて、若葉のしつこさに折れかけているのかもしれない。若葉は後者に賭けて言葉を重ねた。
「お願い、知ってること全部教えてください。姐さん、なにか困ったことになってるのかもしれない。」
オーナーは、しばらく黙っていた。黙った後、傍らのデスクに手を伸ばし、メモ帳にさらさらとなにか書いてページをちぎると、若葉に寄越してきた。若葉がその紙を見ると、そこには誰かの住所が書かれている。
「姐さん、ここにいるんですか?」
息せき切って尋ねると、オーナーはちょっと笑って首を横に振った。
「違う。男の住所。いなくなる前に、茉莉花はそこに行ってる。」
「ここに?」
「ああ。」
「行ってきます。出番までには、戻りますから。」
「押しかける気か?」
「オーナーだって、その気だったんでしょ?」
こんなの調べてるなんて。若葉が生意気に鼻に皺を寄せて言うと、オーナーは静かに苦笑した。
「出番までには、必ず帰れよ。」
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