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しばらく、いる、いない、の押し問答があった。男は表情を変えなかったけれど、若葉の苛立ちはどんどんつのっていった。男が表情を変えないからこそ、つのっていったのかもしれない。
いるでしょ、姐さんを出して、の一点張りで肩を怒らせる若葉を見て、男は表情を変えないまま、声の質も変えなければ呼吸の仕方も変えないまま、じゃあ、中見て行きます? と言った。その言い方があまりに唐突だったので、若葉はけっつまずいたみたいになって、一瞬言葉をなくした。いくら若葉が向こう見ずで気が強いと言っても、初対面の男に対する警戒心を、ちょっとくらいは持ち合わせている。名前すら知らない男の家に入るなんて、そんなことはさすがにできない。
若葉がたじろいだのを見て、男は、じゃあ、と短く言い置いて玄関のドアを閉めようとした。若葉はそれを見て、頭に血が上るのが分かった。
わざとだ。この男は若葉を追い払おうとして、わざと、中見て行きます? なんて言ったのだ。
若葉はほとんど反射で、男が閉めかけていたドアを、ぐいっと押さえつけた。
「見てく。」
無謀なことを言っている自覚はあった。この男がとんでもない悪党で、家の中には茉莉花の死体があって、若葉も同じ運命をたどる。そんな可能性だって、ある。それでも、ここで引きさがることは、若葉にはできなかった。
男は、挑むような表情の若葉を、無感情に見下ろしていたけれど、どうぞ、と呟くように言って、ドアを開け放った。若葉は、一瞬でも考えたら負けだ、足がすくんでしまう、とばかりに勢いよく部屋に上がり込んだ。
玄関からして、生活感のない部屋だった。きれいに掃除がされている、というよりは、人が生活している匂いがしない。三和土には靴の一足も並べられていなかった。若葉は、がらがらの三和土にスニーカーを脱ぎ捨て、短い廊下を抜けて男の背中を追った。廊下の先はリビングで、テレビが部屋の奥に置かれていて、小さなテーブルの前に小さな座椅子があった。若葉はその時点で、半ば確信していた。ここに、茉莉花はいない。この部屋は、完全にこの男一人の匂いだ。
「珈琲か緑茶か、飲みますか。」
ビールも多分あるけど、と、男が若葉を振り返った。若葉は小さく、ビール、と答えた。男は頷いて、廊下の方に戻って行った。右手にあった木製のドアが、多分台所につながっているのだろう。若葉は男について台所ものぞいた。そんなところに茉莉花がいるとは思っていなかったけれど、見ないのは見ないで、負けるような気がしたからだ。
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