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男は静かに緑茶を啜り、若葉の方を見ることもなく淡々と言った。
「茉莉花さんも、そこに座ってビールを飲みましたよ。」
若葉は、男の暗い目をじっと見ていた。茉莉花。その名前を口にするときだけ、淀んだ目の中に鬼火が燃える。
「……いつ?」
「8月20日の夜。」
男は正確な日付をさらりと口にした。若葉は、そこに男の執念みたいなものを見た気がして、腹の奥が少し冷たくなった。
「なにしに?」
「ストーカーから逃げに。」
「いつまで?」
「21日の朝。」
男の言うことが本当ならば、茉莉花はこの部屋に一晩しかいなかったことになる。それなのに、男の眼差しの熱さはなんだ。なにをどう考えても、若葉の中では、たった一晩でここまで気持ちが燃えるとは思えない。
「……茉莉花姐さんを、好きだったの?」
ほとんど確信をもって問いかければ、男はわずかに笑った。その笑みは深く暗く、若葉を、というよりは、男自身を笑っているみたいに見えた。
「好きとか嫌いとか、そういうんじゃなかったですね。茉莉花さんは。」
「じゃあ、なんだったの?」
いっそ図々しいような若葉の食い下がりかたにも、男は嫌な顔をしなかった。ただ、軽く眼を細めて若葉を見た。
「あなた、茉莉花さんを随分好きだったんですね。」
若葉は男の目を見返し、そうだよ、と答えた。誰に対してでも、茉莉花への気持ちを隠したことはなかった。それは、茉莉花本人に対してでも。茉莉花は完全なストレートで、若葉の気持ちに振り向いてくれることはなかったけれど。
「茉莉花姐さんの側にいたくてストリップはじめたの。だから、いなくなりました、はいそうですか、で諦められない。茉莉花姐さんは、どこに行ったの?」
若葉が頬を硬くしながら低い声で問うても、男は表情を変えない。それは、若葉の茉莉花への気持ちを低く見積もっているからではなくて、その反対のようだった。
「知らないです。本当に。」
男はため息に溶けそうな声でそう答えた。若葉は、更に食い下がった。
「なにか、聞いてないの? どこに行くのか、姐さんなにか、言ってなかった?」
「いいえ。」
「あんたも茉莉花姐さんのこと、好きなんじゃないの? なにも訊かなかったの?」
「訊いてないです。」
「なんで、」
「好きとか嫌いじゃなかったので。」
男の変わらない態度に、若葉は苛立った。なにかを隠していると思った。この男にも感情はあるはずだ。茉莉花への思いも、あるはずだ。それをこの男が、巧妙に無表情の裏側に隠しているだけで。
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